読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

鏑木蓮「しらない町」

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 アルバイトで大阪の吹田にあるアパートの管理人をしている門川誠一は、人付き合いの苦手な映画監督を夢見る29歳の青年だ。彼は管理会社の担当から連絡を受け103号の帯屋史朗の部屋を訪れる。どうやら数日間部屋から出ておらず、異変に気づいた住人から電話があったらしい。そのアパートでは住人のほとんどが一人暮らしの高齢者で、すでに6人がひっそりと亡くなっていた。果たして門川は部屋の中で冷たくなっている帯屋老人を見つけてしまう。後日、引きとり手のない老人の遺品を整理していた門川は8ミリフィルムやカメラ、映写機、編集機、それに数ページを破りとった奇妙な詩が書かれたノートなどを見つける。フィルムには山間の坂道を荷物を積んだリヤカーを押し行商にゆく女性の姿が映っていた。

 

 そのフィルムに魅せられた門川は、孤独死した老人の過去に興味をもち、彼の半生を調べるためゆかりの人を訪ねてゆくのだが、そこには思わぬ反発があった・・・・・。

 

 とても読みやすかった。物語がいきなり老人の部屋を訪ねる場面からはじまるので、展開がスムーズであり、なおかつ物語を構築するすべての具材が難なくすんなりと読み手に伝わる工夫もされている。  
 老人の過去を知る人物を訪ねてゆくと、一様にみなが固く口を閉ざす。いったい彼の過去に何があったのか?老人の残したノートに書かれていた奇妙な詩みたいなものが意味するものは何なのか?門川青年が事の真相を究明する過程が読みどころであり、その部分にリアリティがなければ興醒めなのだが、本書はその部分もなんとかクリアしていて無理がなかった。真相部分はある程度予想ができてしまうのだが、その意味がラストで反転する構成もなかなかよかったと思う。全体の印象としては小粒なのだが、読後おとずれる温かい気持ちがうれしかった。この人の本はこれからも注目していきたいと思う。