読書の愉楽

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石井光太「遺体 震災、津波の果てに」

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 誰もが知っているとおり今回の東日本大震災では多くの人命が失われた。行方不明者も含めると、その数約二万人だという。そのほとんどの人が津波によって命を落としているのも周知の事実だ。何事もなく過ごしていた平凡な日常が一瞬にして変貌し、地獄と化した。まさかそんなに大きな津波が襲ってくるなどと誰も信じなかったゆえの結果だ。
 
 津波はすべてを破壊し、引いていった後も真っ黒なヘドロで地表を覆っていった。生き残った人々は、人命救助を第一に捜索を開始する。しかし、日を追うごとに見つかるのはドロにまみれて損壊されたおびただしい数の遺体だった。
 
 本書は独特の視点でルポを書くことで定評のある著者が震災の直後に岩手県釜石市に赴き、そこで未曾有の震災に直面しながらも、亡くなっていった人たちを尊厳をもって弔っていった人たちに取材した本である。市の職員、消防団員、医師、歯科医、葬儀社社員、住職、民生委員。さまざまな人が前代未聞の極限ともいえる厳しい状況の中で挫折をあじわい自らを鼓舞し、局面をなんとか乗りこえてゆく。
 
 本書を読んでいて、何度も涙が流れた。道端でぼろ屑のようになっている小さな女の子。安置所となった廃校の体育館に並べられた若い妊婦とまだ小さな子。赤黒く変色して生前の面影もなくなった老女。ひどい遺体においては、性器を確認しないと性別さえもわからない状態だったという。それほどまでに尊厳を奪われた状態の遺体を前に、残された人々の無念や慟哭が響きわたる。
 
 報道ではここまでの状態を知ることはなかった。あまりにも膨大な死は数字では理解していたが、それに直面したときの心情や怒りや悲しみや思いやりまでは知ることもなかった。人は自我が崩壊しそうなくらいの強いショックを受けたとしても立ち直ることができる。辛い出来事を乗りこえて再び笑顔を取り戻すことができる。自らも悲惨な状態に置かれているにも関わらず、自分の信念を貫いて、できるかぎりの努力をし、死者を弔うことに専念する人たち。ほんとうに頭が下がる。そして自分に置き換えて考えてみる。それはあまりにも過酷な想像だった。また涙が流れてきた。