週刊ブックレビューで、盛田隆二氏が合評で紹介されてた本で、他の出演者の方々も皆本書のことをおもしろいと興奮気味に話しておられるのをみて、どうにも読みたくなってしまった一冊。
インドネシア諸島のレンバタ島にあるラマレラという村に銛一本で巨大な鯨を仕留める鯨漁があるという噂を聞きつけ、著者のカメラマンである石川梵氏は現地に取材に行く。まさか、いまの時代にそんな原始的な捕鯨方法を実践している人なんているのだろうか?石川氏は半信半疑で現地に乗込むのだが、本当にそこでは命を賭けた人間と鯨の正真正銘の戦いが繰り広げられていたのである。
何がすごいといってあの巨大な生き物に銛一本で挑んでゆく死と紙一重の真剣勝負に息を呑んでしまう。
しかも、その一瞬をカメラにおさめるために石川氏は四年の月日をかけているのである。なんと長い月日がかかったものだ。くる日もくる日も鯨の出現を待つだけの毎日。しかし、そこには村人たちとの温かい交流があり、彼らの限りなく原始に近い質素な暮らしの恩恵があった。痩せて作物も育てられない不毛な土地で、一頭の鯨が捕れれば村人全員が二ヶ月は食べてゆけるという。まるで彼らの暮らしは、鯨によって喜びも悲しみも司られているようだ。一歩間違えれば死に直結する危険な鯨漁は、それだけに崇高で運命的な意味合いをも感じさせる。念願叶って、鯨漁の写真を撮り終えた著者は、しかし心のどこかで完結してないような物足りなさを感じ、今度は海の中での物語をカメラにおさめる決意をし、また三年の月日をかけて、今度は必死で死から逃れようとする鯨の眼を撮影することに成功する。血走り、怒りに燃える鯨の眼。命を屠って、生を得る自然の厳しさがダイレクトに伝わってくるこのくだりは本書の白眉だ。
本書を読まなければこのことは一生知ることがなかっただろう。本を読む悦び、躍動に溢れた本だった。
是非多くの人に読んでいただきたい良書である。