読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

BDコレクション クリストフ・シャブテ「ひとりぼっち」、エマニュエル・ギベール「アランの戦争」

 国書刊行会から出たこのBDコレクションはバンド・デシネというフランスの漫画を紹介するシリーズである。今回このシリーズから三冊刊行された。とりあえず、そのうちの二冊を読んでみたので、ここに紹介しようと思う。

 

まず一冊目はクリストフ・シャブテ「ひとりぼっち」である。

 

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 これはほとんど絵のみの作品で、それゆえに幅広く想像の羽を広げられる可能性に満ちている。小説でいうところの『余白の余韻』のある作品で、明確なストーリーの中に登場人物の心の中のつぶやきや思考の過程が常に浮遊しているような奥の深さを感じさせる。

 

 海の中に取り残されたような小島に立つ灯台。そこに一週間に一度物資を届けにくる漁船。灯台には一人の男が住みついている。漁船の船長はその男の父親の遺言通りに残された財産を管理し、食べ物などを届けているのだ。灯台の男は「ひとりぼっち」と呼ばれていた。あまりにも醜い姿なので、灯台からは一歩も出たことがないのだ。彼の唯一の楽しみは『辞書遊び』。辞書を持ち上げ机の上に落とし、開いたページの上に目をつぶって指をさし、選んだ言葉の説明を読み、それを想像する。外の世界を知らない彼は時々あまりにも見当はずれの想像をしたりする。それが独特のペーソスとなって描かれる。文字がない分すぐに読めてしまうが、いつまでも心に残る余韻を与えてくれる作品だ。




次はエマニュエル・ギベール「アランの戦争」。

 

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 こちらは打って変わって、じっくり読ませる作品だ。作者のギベールが出会ったアラン・イングラム・コープの回想を描いている。アランはアメリカ人青年で、多感な青春の日々を戦争と共に過ごした。彼の語る戦争時代の日々は、まさしく語るに値するあまりにも小説的な日々で、事柄は時代と共に流れて描写されるのだが、各々のエピソードは断片として切り取られて語られており、そうすることによって重層的に物語が積み重なってゆき、素晴らしい感動をあたえてくれるのである。感動といえば少しニュアンスが違うかも知れないが、一人の男の人生としてこれだけ多くの経験をし、多くの人々と巡りあったアランには畏敬にも似たものを感じる。もしくは憧れといってもいい。戦争という特殊な状況下にありながら、アランが従軍した日々はもう終戦まぢかであり、さほどの激烈な戦いも経験はしてない。もちろん、普通じゃない残酷な場面にも遭遇してはいるが、概ね戦争から連想するような悲惨なところはないのである。そんな彼の戦争の日々は異国での興味深いさまざまなエピソードにあふれており、不謹慎かもしれないが、ぼくはそこに素直に憧れをもったのだ。こちらもユーモアと数多くの冒険に彩られながら、底辺にはそこはかとなくペーソスの風合が感じられる。まるで分厚い文芸作品を読んだかのような読後感だった。



 というわけで、久しぶりに漫画で感動した。このシリーズではあと一冊パスカル・ラバテの「イビクス」というのがあり、これも近々読むつもりである。

 

 このシリーズは、多くの人に読んでもらいたい。「アランの戦争」はいまのところ一番のオススメだ。

 

 興味をもたれた方は是非手にとっていただきたい。おもしろさは保証いたします。