薄い本なのですぐ読み終わってしまうのだが、なんともチャーミングな本である。だがチャーミングな部分が全面に押し出されているのではなく、そこかしこに皮肉や軽いブラックなジョークが顔をのぞかせているところが読みどころだ。
現役の英国の女王が、ある日突然読書に目覚めてしまったらどうなるのか?この極めて些細なIFの物語が作者の筆によって思わぬ広がりを見せてくれる。それは本書のはじまりのエピソード(ウィンザー城の公式晩餐会で女王がフランス大統領にいきなりジャン・ジュネについて質問を投げかけるのである)に象徴されるように概ねユーモアを持って描かれるのだが、話が進んでいくにつれて読書家パッシングともとれる女王をめぐる騒動が起こってくる。いままで読書の『ど』の字もなかった女王がいきなり本の虫になってしまったことによって公務が疎かになり、身だしなみにも気をつかわなくなってしまう。女王の秘書は以前の毅然とした女王を取り戻すべくあの手この手を試みる。だから本書を読んでいると、読書という愛すべき習慣がまるで人類の敵でもあるかのような錯覚を招くのである。どうして、大方の人々は読書をしないのか?読書は知的な一部の人が嗜む悪癖なのか?そういった読書に対する否定的な視線を感じつつ、女王は尚も泰然として本の虫を貫いてゆく。そうしてバーネットやヘンリー・ジェイムズやブルックナーやマキューアンやカズオ・イシグロなどを次々制覇していくのである。なんとも痛快であり、またシニカルでもあり、とても歯痒い。本書を読んでこんな感想を抱くのはぼくだけかもしれないが、これが嘘偽りのない本書の感想なのだ。チャーミングながら手痛い印象も与える。なんとも罪な本ではないか。