読書の愉楽

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東郷隆「人造記」

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 この人の本は初めて読むのだが、いっぺんで気に入ってしまった。

 収録されているのは以下の5作品。

 「水阿弥陀仏

 「上海魚水石」

 「放屁権介」

 「蟻通し」

 「人造記」

 それぞれ時代はバラバラだ。「水阿弥陀仏」は室町時代が舞台。かの果心居士を彷彿とさせる幻術遣いが登場する。この水阿(すいあ)という怪人物、名のとおり水に纏わる外法を遣い、世にも不思議な世界を現出する。まあ、つかみはOKといったところ。たちまち物語に引き込まれてしまう。

 次の「上海魚水石」は昭和の初めの頃のお話。これはいったいどういう展開になるんだと先を知りたくなる類の話。不思議な石の話なのだが、これには元ネタがあるのだろうか?作者の創作なら、なんともスゴイ話を考える人だなと感心してしまう。

 「放屁権介」は、幕末が舞台。江戸の昔に語り継がれる伝説の芸『曲屁』を操る男権介が主人公だ。まるでばかばかしい設定だが、これがおもしろい。この屁をする芸人と新撰組が絡んでくるのである。桂小五郎とその女幾松も登場して、なかなか胸のすく物語に仕上がっている。

 胸のすくといえば、次の「蟻通し」も痛快な話だった。こちらは明治末のお話。あの南方熊楠が主人公である。この時代、不勉強ながらぼくは知らなかったのだが「神社合祀令」というものが布告された。この俗に「神狩り令」といわれる奇妙な訓令は、「一町村に一社を標準とする」を旨に、神社の掃討を徹底したのである。神社が一つ廃社されれば、土地と神木は民間に払い下げとなる。ここに地方役人は旨味を見出した。躍起になって、神社を廃社しようとする役人相手に民俗学の巨人熊楠は、奇妙な術を遣う男と一緒に意趣返しをたくらむ。

 ラストの表題作は、あの西行法師が反魂術(死者を甦らす法)を遣う顛末が語られる。これは和製フランケンシュタインの物語である。描かれることは充分ホラーなのだが、読後感じる印象はとても儚く物悲しい。なんとも奇妙な物語だ。

 というわけで、全5編心の底から堪能した。この作者の本はもっと読んでいきたいと思う。