読書の愉楽

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ポール・トーディ「イエメンで鮭釣りを」

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 白水社の新シリーズ『エクス・リブリス』レーベルは、独創的な世界の文学を厳選して贈るシリーズということで、第一回配本のデニス・ジョンソンジーザス・サン」を取るものもとりあえず読んでみたのだが、これが見事にコケてしまった。いやいや世間での評判は上々なので、ぼくとの感性が合わなかったのである。だから、第二弾の本書もあまり期待はしてなかったのだが、ブログ仲間内でなかなかの評判なのでやはり見過ごすことが出来ず読んでみた。

 うんうん、これはいい。単純な発想を膨らませる話におもしろくない話はない、というわけで、これは大いに楽しめた。イエメンというアラビア半島の先っぽにある砂漠の国に寒い気候を好む鮭を導入しようというのだから、このプロジェクト自体あまりにもバカバカしくておよそ現実的ではない。話としても、それほど盛り上がる内容にも思えないのだが、それを作者であるトーディは、見事にエンターテイメントとして仕上げてしまったのである。

 まず揮っているのが本書の形態である。手紙、メール、日記、新聞記事、議事録、自伝、テレビ台本などなどのあらゆる文書によって構成されているのだが、それらが浮かび上がらせるこの壮大なプロジェクトの顛末は、ある一点にむかって集束しているのである。それがどういう結末なのかは、もちろん最後までわからないのだが、おもしろいのは本書がこの顛末を『すでに起こった事』として描いている点なのだ。

 この『すでに起こった事』として物語をすすめる手法は過去に数多くの傑作を残してきた。古くは「最大にして最良の推理小説」といわれている古典ミステリの定番「月長石」もそうだったし、記憶に鮮やかなのはクライトンの傑作SF「アンドロメダ病原体」、キングのデビュー作「キャリー」が、もう最高におもしろかった。よって、本書もそのおもしろさを充分満喫できることになる。奇想天外なプロジェクトがいったいどんな結果を招いたのか?最後に到達する真相はなかなか衝撃的だ。事情聴取などが挟まれているので、何かが起こったのはわかっていたが、まさかこんなことになっていようとは。

 本書は英国でコミカルな小説を対象とするボランジェ・エブリマン・ウッドハウス賞を受賞したそうだがぼくが読んだかぎり、本書からはそのようなコミカルな印象は受けなかった。どちらかといえば、シビアで厳しい現実をみせつけられたような気がするくらいだ。しかし、どちらにせよ、本書はおもしろい。

 この作者は今後も注目していよう。