読書の愉楽

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道尾秀介「鬼の跫音」

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 この人は以前「シャドウ」を読んでミステリとしての技巧は良かったが、話の要となるある事実に違和感をおぼえてあまり評価しなかったのである。いってみればそれは言い掛かりのようなもので、気になったとしてもスルーしてしまえば別段不都合があるわけでもなかったのだが、それをわざわざ言及しマイナスポイントとしてカウントしたということは、もともとぼくはこの作家の作風自体に違和感があったということなのだ。合う合わないの境界がいったいどのラインなのかぼく自身よくわかってないのだが、それはフィーリングであり、雰囲気がそうさせるのであって、読んでいて居心地がいいか悪いかに尽きるとも思うのである。そういう判断で、いままで伊坂幸太郎恩田陸といった誰もが認める当代随一の人気作家たちを毛嫌いしてきたし、そのスタンスはいまでも変わらない。でも、ほんとのところ伊坂君については「ゴールデン・スランバー」あたりで今一度リトライしてもいいかななんて思ったりもしている。

 ま、これでダメならやっぱりあなたとはお付き合いできませんと完全に離れていっても仕方ないかなとも思うのだが。

 とまあ、他の作家のことはこれくらいにして道尾君なのである。この人も今では人気作家、期待の新人というスタンスでがんばっておられる注目株なのだが、どうもあんまりしっくりこないんだなぁ。

 前置きを長々と書いてきたのにはワケがあって、今回この短編集を読んでやっぱりあんまり評価できなかったのである。この事実を書くのを延ばし延ばしする気持ちが動いてこんなに長々と前置きを書いてしまったというわけなのだ。みなさんもご存知のとおり、この本は他のミステリ好きのブログ仲間さんも皆読んでおられて、それが軒並み高評価なので、どうも自分の感性がおかしくなってるのかなと考えたりもしたし、こういう感想を書くのにも抵抗はあるのだが、ぼくは基本的に読んだ本に関して感想を述べておくというのを信条としているので、はっきり書こうと思う。また、合わないものは合わないとすっぱり気持ちよく考えて自分を納得させることにした。

 この短編集に収められている作品は、ミステリ寄りのホラー幻想短編ばかりで、いってみれば「世にも奇妙な物語」的な世界観で描かれている作品が6編収録されている。すべてひとひねりした展開が用意されて、そういった意味では先が気になるミステリ的趣向が随所に凝らされているのだが、どうもそれが生温くていけない。曖昧さを活かし、物語の結末を読者にゆだねる手法は大いに結構なのだが、それをカバーする味付けがあまりしっくりこない。だから、あまり印象に残らない。読んだしりから、話の内容がぼやけてくる。なぜかというと、それは余韻が得られないからだ。そんな中でもこれは惜しいなと感じたのが「悪意の顔」、「冬の鬼」、「ケモノ」の三作品。この短編集も、この三作から始まってさらに上をゆく短編を書き継いで構成されていたら、また違った評価になったかもしれない。

 偉そうなこと書いてすいません。でも、これが本書を読んだ正直な気持ちです。あと一作「向日葵の咲かない夏」だけ読んで、この人を今後も読んでいくかどうか、見極めたいと思います。