グッコーの右上には、さなぎ谷。
ゆわえ岩にキランバ亭と見物が続く。ぼくは忙しく左右を見ながら、気もそぞろ。
昨日は諦観滝でうなだれて、牛毒の混じった雨に打たれて夜は寝込んだ。
やいのやいのと袖をひっぱるのは、まだ目も見えない小鬼たち。大きく開けた口から瘴気を吐き、いらな
いと言ってるのに死んだ魔物を売りつけようとする。
彼女はさっきから右目が痒いらしく、しきりに手をやりグリグリこすっている。おそらく膜がとれるのだ
ろう。次は何色の瞳だろうか。
前からやってくる老人が二尺の煙管をプカプカさせているのを見て、ムショウにそれが欲しくなる。
空は青。大地は赤。吸い込む気はすこし濁った白。ぼくは右手を伸ばして、煙管を奪う。
「あ、ご無体な」
歯のない口を開け、すがり付こうとする老人を袈裟がけに斬り殺す。血は五寸の幅の刀に吸い込まれ、一
滴たりとも出てこない。くず折れた老人に小鬼が群がり、跡形もなくなる。
ぼくは右手にできた豆の皮をむき、彼女の肩に手をまわす。
「よしなよ、みっともない」
邪険に振りほどかれ、少しイラ立つが声はださない。人を斬ったあとはどうも血がたぎる。これはぼくだ
けの変化であり、彼女には関係ない。声を荒げれば、そこで二人の関係は終わってしまう。
桃源郷はやがて終わり、そこを過ぎれば次は地獄。さなぎ谷が彼我の境。金が尽きても行かねばならぬ。
業を背負う我らの宿命。因縁が肩に足にすがって重い。
いまは二百八十三体に減った怨霊を連れて、ぼくは行く。腎臓が痛いのは、そこに霊が集中しているから
だ。居心地がいいのか一向に改善しない。業ゆえに仕方ないが、これは辛い。
目指すは、焦熱阿鼻叫喚。アケロンを渡れば、彼の地となる。
「おいヒコエ、恐くはないかい?」彼女を見ると笑顔をみせてぼくを見返す。
緑の瞳が輝き、それがまるでホタルのよう。