読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

「五右衛門忍法帖」

 山田風太郎の霊がぼくに乗り移る。

 まるで自動筆記のように新しい忍法帖がぼくの持つペンから生まれる。ぼくはそれを書きながら、同時に読んで歓喜に震える。数ある忍法帖の中でこの作品が最高傑作になるのは間違いないと確信する。

 それを自分で書いているということに、この世のものとは思われないエクスタシーを感じる。だが、それが250ページをカウントしたところでパタリと止まってしまう。物語は佳境の一段手前。敵、味方入り混じってどんでんに次ぐどんでんが一段落して、これから大きなクライマックスに向かうところだった。いったい石川五右衛門と秀次を追い詰めた百地丹波は、『忍法孵り地獄』を自らの命と引きかえに成立させてしまうのか?また、柚子葉と瓶麓丈太郎の恋の行方は?影ですべてを牛耳る秀吉が病に臥したのは五右衛門の配下である伊万里の手引きによってなのか?家康が放つ服部万蔵率いる伊賀七忍の生き残り鋳掛修繕の秘めたる忍法とは?

 すべての行く末が止まってしまった。ぼくは半狂乱になる。どれだけ考えても、どれだけ念じても物語の先は出てこない。風太郎は、徒にぼくに憑依して、またプイとどこかへいってしまったのだ。飄々と生きたあの先生らしいなと思った。一時だけでも、夢を見させてもらったと喜ぶべきなのだろう。だが、なんともくやしい。この傑作忍法帖の結末がわからないなんて。