ファンガスが言うには『夜が静かなのは、神が便所に行ってるからだ』ということらしい。
そんなこと言ってると、どこかから洩れて万にひとつでも魔耶王の耳でも入ったなら首が飛んでしまうぞと脅したって聞きやしない。あの殺戮王が無神論者だってことぐらい知ってるだろうに、ほんとこいつは馬鹿じゃなかろうかと思ってると案の定、店の女の子にちょっかいを出して店から叩き出される羽目になってしまった。
やっぱりこいつといるとロクな事がない。昨日だってラドネルの市場で、番兵とひと悶着あってもう少しで後ろに手がまわるところだったし、先月はイナケの町でヒトサライに間違われて、命からがら逃げ出した。ぼくが思うにこのファンガスという野郎は生まれつきのトラブルメーカーなのだ。
仕方なくぼく達は夜を徹して旅を続けることにした。こんな場所で野宿するのは、どうぞ私たちを好きにしてくださいと自ら進んでマンティコアの檻に入っていくようなものだ。
酒場を出てしばらく行くと、二又になった分かれ道につき当たった。
もちろん、進む先はわかっている。手元の地図を照らすと、道筋が赤く示された。進む方向は左のいっそう暗い道だ。
「なあ、ファンガス、ここらへんって夜の徘徊者は出るの?」
鼻くそを丸めて食べようとしていたファンガスは、しばらく斜め上を睨みながら思案して
「うーんと、ブリアドンとピッセモの領域がここらへんだったと思うよ」と答えた。
厄介だ。非常に厄介だ。ブリアドンとピッセモといえば『夜の徘徊者』の中でも最上級の夜神ではないか。もし、その二人が同時に現れたら、いくらぼくたちでも太刀打ちできない。
「どうするファンガス?引き返して頼んでみるか?このまま進むのは得策じゃないだろう?恥を承知で頭下げてみるか?」
しかしファンガスはまた斜め上を睨んでひととき考えると頭を横に振った。
「え?じゃあ、進むの?知らないよ、取り返しつかないことになっても」
トラブルメーカーの本領発揮だ。自ら進んで窮地に陥るとは。
ほんとうは反対したいのだが、ぼくは反論できない。なぜなら、ぼくはファンガスの肩にできた人面疽なのだから。彼の行くところに従わざるを得ないのである。なんとも情けなや。