泡坂作品は独特の描写があって、戸惑い半分オモシロさ半分という感触が魅力でもあるのだが、本書に出てくる描写にはほんと驚いた。みなさん『射洞』ってご存知?『奥津城処』は?『遠津尾上』てのもあるし、『身根』っていうのも出てくる。以上はみな濡れ場やそれに関する描写なのだが、不勉強ゆえぼくとしては初めて接する言葉ばかりだった。これらが文章にのると前後の文脈からおのずと意味は推し量れるのだが、言葉だけ抜き出すとさすがに難しい。かろうじて『奥津城処』のみ、なんとなくそうなのかなと勘ぐるのが精一杯である。まだまだ知らないことが多いなあと反省する反面、こういう新しい知識が増える喜びもある。知識といえばこのスラスラ読めてしまう割りと軽めの本書には、かなり膨大な薀蓄が含まれている。それは月の古い呼び名であったり、能の話であったり、神殿聖娼の話であったり、不二道の話であったり、インドの神々の話であったりするのだが、よくもまあこれだけ本筋と関係のない話を詰め込んだものだと思う。いや、それが悪いというのではなくてぼく的には大いに歓迎するところなのだが、泡坂氏の意図するところがよくわからない。よくわからないといえばこれは本当に謎なのだが、ところどころ平仮名ばかりの表記になる部分がある。読みが浅いのか、ぼくにはその意図するところがまったくわからなかった。でも、無い頭を振り絞って考えてみると、おそらくファンタジーとしての演出なのかなと感じるところはある。
と、ここでバラしてしまうが本書は厳密にいうとミステリーではない。本の裏表紙に幻想ミステリーと謳われているが、その形容さえもどうかなと思ってしまうほど本書はミステリーっぽくない。途中、暗号なんかも出てきて、またそれがいつものごとくこんなのどうやったら解けるんだというくらい解読不能な暗号なのだが、それを考慮してもやはり本書はミステリーではないと言い切れる。
本書で描かれるのはジェンダーの問題だ。男と女という性を超越した究極の存在として両性具有者が位置し、それは雌雄同体という理想形を体現しているという意味で神と同等。そういうファンタジー色を全面に押し出したある意味、意欲作だといってもいい。これをもっと突きつめて描き、内容をさらに膨らませれば傑作になったかもしれないと思われる。それほどに、なんとも妖しい魅力を発散しているのだ。
これは読んだ人ならおわかりだと思うが、本書は映像化が不可能な作品だ。ぼくは読んでいて、行きつ戻りつしてしまった。泡坂さんも人が悪い。こんな書き方だと戸惑ってしまうじゃないの。
では最後に、本書に出てくる暗号の一文を書いておく。まあ、これが解ける人は世界に一人もいないだろう。それほどに独創的で難解な暗号だ。さすが泡坂妻夫、こういうところは素直に感心してしまう。
ロヲフヲイノヤテヲワヒメナメラレフホノキフラキクミ