読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

泥竜退治

 ガトマンド城の西南6ジブのところにある霊守の森で生後間もない泥竜の鳴き声がしたという噂が広がり民の懇願が高まるにつれ執政にも支障がでるようになってきたので、やむなく討伐隊を編成して3月3日の早朝に出発した。

 神話によれば、泥竜はこの世の汚泥を一身に背負って具現化する厭獣で、いってみれば世を統べる人間がそれだけ醜くなっているということなのだ。われわれは、それほど腐敗しているのか?・・・たぶん、そうなのだろう。驕り、嫉み、妬み、憎しみ、。人間の持つあらゆる悪感情に触れずに日々をおくることは、皆無といってもいい。いまでは頑是無い子どもでさえ他者を陥れる術を心得ている。こんな世であるからこそ厭獣が生まれるのだ。自ら招いた諸悪の根源を討伐するなんて、とても正気の沙汰ではないのだが背に腹はかえられぬ。ナンセンスなこの茶番をはやく済ませることにしよう。

 一行は口数少なく先を急いだ。

 霊守の森は、いわゆる霊場であり奇妙なことに強烈な磁場でもある。だから剣は使えない。一太刀に使う労力が通常の1.5倍かかってしまうからだ。だから我々が携帯している武器は石弓、火炎銃等の飛び道具である。王立剣闘士アカデミーでスパルタ級と太鼓判をおされた身としては、剣で勝負できないのは残念このうえないが、これも仕方のないことだ。

 道は悪路を極め、さらに緑雨が降ってきた。森に近づいてきたということだ。緑雨は、霊守の森周辺に年中降り続いている滋養の雨で万病に効くといわれているが、あいにく私はためしたことがない。こんな緑色の液体を飲むなんて、考えただけでも虫酸が走る。

 森が見えてきた。最年長のリッジウェア卿がみんなに声をかける。

「あれに見えるは霊守の森、みなのもの気を引きしめられい!いかな幼竜といえども、相手は泥竜じゃ。おそらくみなが五体満足で帰還することはあるまいて。ゆめゆめ油断めされるな!」

 みんなの顔に緊張がはしる。

 泥竜は幼竜でさえ体長が成人男子の三倍はある。おそろしくデカい厭獣なのだ。ウルギス神話にも登場するこの忌まわしい生き物は、全能の神ツイハーグの左目から生まれた妃マンサによってはじめてこの世に具現化されたといわれている。神話ではそのときツイハーグが泥竜を封じ込めたとされているが、邪神マンサは、泥竜をこの世に放ったとき呪いをかけていた。人間の驕りがこの世を席巻するとき再び世にいでんと。

 さあ、いよいよだ。リッジウェア卿が最年長ゆえ一番手で乗り込んでゆく。私はしんがりだ。とても歯がゆいが仕来りゆえ仕方がない。泥竜討伐は一人づつ行われなければいけない。その禁を破れば、泥竜は腐って疫病を撒き散らす。その感染力は絶大で記録に残っているところでは、五百年前に一度この禁を破ったことがあったらしいが、そのときは海の向こうのリクスラント公国まで被害が及び、死者は50万人にものぼったそうである。

 リッジウェア卿の悲鳴が聞こえた。合掌。彼の勇気ある行動に幸あれ。