読書の愉楽

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デイヴィッド・マレル「真夜中に捨てられる靴」

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 マレルの短編にハズレなしと勝手に思い込んでいるぼくにとって、うってつけの本が刊行された。

 本書のタイトルを見たときに「?」と思った。「真夜中に捨てられる靴」とは、過去にこのブログでも再三言及してきたあの「リオ・グランデ・ゴシック」と非常に似通っているではないか。道路に捨てられた靴というところがまるで同じだ。と思ってパラパラめくっていると、この表題作はあの「リオ・グランデ・ゴシック」のタイトル違いだということがわかった。前のタイトルの響きが好きだったのに、これはあんまりだ。今回のタイトルもインパクトとしてはそこそこだとは思うが、やはり「リオ・グランデ・ゴシック」のほうがカッコいい。

 とまあ、前置きはこれくらいにして本書なのだが、ここには「妄執」をテーマに狂気の淵を彷徨う男たちを主人公に据えた作品が8編収録されている。

 印象深いのは老齢ゆえに業界から抹殺されようとしている往年の名脚本家が、青年を利用して巻き返しをはかろうとする「ゴーストライター」。難病に侵された父を冷凍保存して、自分の手で救おうとする男を描いた「復活の日」。歴史的事実である「ある出来事」を詳細に描き、その渦中にあって必死に事態を収拾しようとする男を主人公にした「目覚める前に死んだら」。そして、かつて「リオ・グランデ・ゴシック」としてむさぼり読んだ「真夜中に捨てられる靴」の4編。

 他にも謎の箱を独裁者に届けんとする将校の狂気を描いた「まだ見ぬ秘密」や、娘を連続殺人鬼に殺された父親の転落を描いた「何も心配しなくていいから」などラストが印象的な作品も目についた。

 残りの二作品の「エルヴィス45」と「ハビタット」は残念ながらとりたてて言及するまでもない作品だった。マレルは短編、それも中編クラスの比較的長い作品に秀作が多い。安心して読めて、しっかり満足のいく仕上がりとなっている。いったい彼がどれだけの短編を書いているのか定かではないが、これからも彼の短編集が随時刊行されたら、これにまさる喜びはない。

 だから、各出版社さん、もっとマレルの短編集を!