読書の愉楽

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五十嵐貴久「交渉人」

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 おもしろかった。タイトルからもわかるとおり、本書の主人公はネゴシエイターである。コンビニ強盗をした若者三人組が逃亡の途中で病院に逃げ込み、患者や当直の医師や看護士を人質にとって立て篭もってしまう。警視庁警備部警護課特殊捜査班課長代理の石田警視正が交渉人として捜査の指揮をとる。

 犯人と石田警視正との交渉は一見スムーズに進行するかにみえたが、やはりそれでは話として盛り上がりに欠ける。ぼくはおそらく「ホワイトアウト」のような展開になるんじゃないかと予想していた。大方の予想は合っていたのだが、その真相部分がことのほか心に響いた。

 この作品は、完成度からいえば大甘の採点をしても65点くらいである。話の展開に違和感があるし、ところどころで各人のとる行動に頭を傾げてしまう部分も少なくない。説得力に欠けている場面や作られすぎの場面も多々ある。

 しかし、本筋が一本ピーンと太く通っている分、そういう装飾的な部分の瑕疵は引っかかりはするが、気にもとめずに読み進めてしまう。そういった意味ではとても読みやすく、且つ先へ先へというページターナー的な技巧はたいしたものだと思う。

 そして、ラストに待っているのが、あの真相なのだ。はっきりいって、ここでも違和感は目立つ。

 どうしても独立したパートとして浮き上がってしまっている。しかしそれでも、この部分の話は激しく胸を打つ。詳しく語れば味読の方にとってマナー違反になってしまうのでこれ以上は語れないが、ここで語られている事柄は充分誰の身にも起こりうることなのである。ぼくは激しく憤ってしまった。ともあれ、この本で描かれる交渉劇はなかなか読ませる。これならディーヴァーの「静寂の叫び」よりおもしろいんじゃないの?

 この人はこれからも読んでいきたいと思う。器用な人みたいで、いろんなジャンルの作品を書いてるようなので、とても楽しみだ。