読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

和風ウィンチェスター・ハウス

「南向きの窓がたいそう良うございます」

年季のはいったばあさんは、シワと同化した目で笑いながらそう言った。南向きだから良いのか、南向き

の窓から見える景色がいいのか、いったい何がどういいんだろう?と考えながら部屋に入ると、ばあさん

の言っていることが瞬時に理解できた。

南向きの窓は、窓というより南向きの壁全部がガラスになっていて、まるでパノラマのように景色が一望

できるようになっているのだ。ガラスは強化ガラスらしく、軽く叩いてみるとゴンゴンと鈍い音がした。

だが、その大層な窓から見える景色は海でもなく山でもなく鄙びた町の普通の景色だった。

「窓が素晴らしいのはよくわかりましたが、景色は普通ですよね?こういう造りにした意図がよくわから

ないなぁ」

ばあさんは、これもよく聞く質問だとみえて、ひるむことなくこう答えた。

「これは先代の主人がある日突然発心して改装させたのでございます。まわりのものが理由を聞くと『夢

でお告げがあった』と言いまして、皆が止めるのも聞かず無理やり造らせてしまいました」

「へえー、そりゃ、すごい話ですね。まるでウィンチェスター・ハウスみたいだ」

「は?うぃん?うぃんち?」

「はは、アメリカで霊媒師のお告げを聞いて38年間ずうーっと家を増築し続けた人がいたんですよ」

「へー、そうなんですか。よく似た人がいるもんだ」

「行き先のない階段とか、ドアを開けたら壁だったりとか、まっすぐな廊下をわざと階段つけて上り下り

させたりとか、とにかく意味のない改築だらけで今では観光名所になってます」

「へー、ここもそうなってくれたらうれしいですけどねぇ」

ばあさんとそんな話をしながら窓の外をなにげなく見ていたら、前の道にいる女の人がじーっとこちらを

見ていることに気づいた。まったく見覚えない人だ。それに、ここは8階である。ふと見上げて目にとめ

るには少々距離がありすぎる。あの女の人は何を見ているんだろう?やはりぼくを見ているんだろうか?

それにしても、気味が悪い人だ。青白い顔に唇だけが異様に赤い。まるで鮮血がついてるみたいだ。

それでは、ゆっくりしていってください、と出ていったばあさんに挨拶するのも忘れて、ぼくはその女の

人を見続けていた。