読書の愉楽

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イアン・マキューアン「セメント・ガーデン」

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 原書が刊行されたのが1978年。その翻訳が出たのが2000年である。この間20年以上のひらきがあるのはなぜだろう?その一因にはマキューアンのわが国内での認知度という問題もあったろうし、出版社の事情もあるかもしれないのだが、一番の要因はやはり本書の内容ゆえのものだろう。

 デビュー当時のマキューアンの常として、本書もかなりアンモラルな作品である。なにせ父親に続いて死んだ母親を地下室に埋め、残された子どもは親がいなくなった家をユートピア化し、あげくの果てに姉と弟は近親相姦の禁忌を犯してしまうのである。

 しかし、それだけアンモラルな内容であるにもかかわらず本書に陰湿さや犯罪めいた暗さはない。読んでみれば一目瞭然なのだが、本書には全編を貫いてどこかあやふやな不確かな浮遊感ともいうべきものが漂っている。それは語り手である思春期の少年に拠るところが大きいが、他の登場人物にしてもどこか現実味を欠いた存在として感じられる。日常を描いているようにみえて、その実、束縛あるいは監視するもののいなくなった子ども達だけの世界という、一種の夢物語めいたユートピアが舞台なので、お伽話のような危機感のない世界が構築されているのだ。

 読み手としては、そこが肩のこらない感じでスラスラと読めてしまう。思春期の屈折した心理描写がことさらうまく、自分の過去とだぶり、懐かしい思いをした。

 ラストでこの現実味を欠いた姉弟は結ばれるのだが、そこには近親相姦という罪の意識や後ろめたさはない。あまりにもさらっと描かれていてある意味拍子抜けした。マキューアンらしさがあるようでないような、曖昧な位置づけの作品である。