を誘い人情を押し付けないで万遍なく行渡らせた話である。読んでいてとても楽しい。
それはやはり自分と同じ立場にいる人間が多く登場するからなのだろうと思う。まったく違うキャラクタ
ーであっても、そこに描かれているのはぼくと同じ等身大の人間だ。
誰に自分を投影するでもなく、自然と身をまかせられる世界が心地良い。でも、そういう世界で物語を動
かすとなるとミステリなりSFなりファンタジーなりの魅力的なガジェットを使えない分、作者のストー
リーテラーとしての技量が大いにためされることになる。
この作者の技量の確かさは多くの人が認めるところだ。だから初めてだったにも関わらず、その点は安心
して読み始めた。
本書で描かれるのは旅芸人一家の物語である。だがこの家族、開巻当初は旅芸人ではないのだ。生粋の旅
芸人役者で、この道30年の超ベテランだった父・清太郎は今は『レンタル家族派遣業』なんていかがわ
しい商売をしている。様々なニーズに応えて家族を貸し出すというけったいなビジネスだ。一家総出で派
遣されることもあれば、単体で仕事に赴くこともあったりする。こんな奇妙なビジネスの客にまともな人
がいるはずもなく、仕事先では危険な目に遭ったり恥ずかしい思いをしたりお金を払ってもらえなかった
りと様々な問題が矢継ぎ早に起こったりする。なかには胸のつまる話もあったりして、ここらへんの呼吸
は素晴らしい。本物の家族が仕事先で擬似家族になり、尚且つその擬似家族のほうが本来あるべき幸せで
円満な家族となっているところがミソだ。奔放で行き当たりばったりの父親に振り回されてバラバラにな
りそうな家族の均整が、擬似的にせよ一つにまとまっているところに悲哀がある。
ここで断っておきたいのだが、本書は喜劇なのだ。全編にわたって笑いが横溢している。それは、ひとえ
に父親の人物造形とほぼ全編の語り手である次男の『ぼく』に拠るところが大きい。この二人の、ある意
味天然的なキャラクターが大いに笑わせるのである。
そんなこんなで、たいした実入りもなく極貧生活を続けていた家族は、またまた父親の身勝手な行動で旅
芸人の一座に舞い戻ることになる。
さて、ここからがお立会い・・・・といきたいところだが、これ以上を語るのは無粋というものだろう。
だが、これだけは言っておきたい。本書はハッピー・エンドでは終わらない。でもそこに悲しみはない。
悲しみのかわりに、空につき抜けるような爽快感がある。全編にわたって、はちゃめちゃで笑いの絶えな
い物語だったが、こういうラストに行き着くとは思わなかった。もしかすると、続編につながっていくの
かもしれない。そうであると、うれしいのだが。