読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

誼 阿古「クレイジーカンガルーの夏」

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新人さんのデビュー作ということで荒削りな部分も目についたが、なかなかどうして直球で心に食い込ん

でくるいい作品だった。

舞台は兵庫県南部のとある市。時代は1979年だから、ここに登場する中学生たちはぼくより少しお兄

さんだ。しかし、かぎりなく近い。だからちらほら垣間見える当時の世相や流行なんかが圧倒的なノスタ

ジーとして胸に去来した。

友達と意味もなくダベッたり、なんとなく将来に不安を感じたり、何をするにも親の目を気にしたり、子

どもは子どもなりに結構色々大変だったあの頃。

本書に登場する4人の中学生たちも、そんなぼくとおんなじ等身大の中学生だ。男としての矜持や、友情

の重さを知り、屈託のなさと頑固な部分が反発しあって自分でも訳がわからなくなったり、持余したエネ

ルギーを瞬間的に放出したりして、小さな世界の中で精一杯粋がっている。

そんな彼らが経験するひと夏の事件は、しかし結構ズシンと心に響いた。

語られる事件はけっして派手なものではない。いってみれば家出騒動だ。誰も本当の意味での事件に巻き

込まれないし、悪い人間も登場しない。でも、この騒動で彼ら4人の少年たちが心に負った傷はかなり深

い。正直読んでて胸の奥が熱くなった。もう少しで嗚咽がこみあげてきそうだった。

旧弊な田舎の家風に振り回される大人たちの狭間で、彼ら子どもたちは精一杯自分を曝け出し、打ち倒さ

れる寸前までがんばった。何かを守るということの大切さを知り、どうにもできない悔恨を痛烈に体験し

た。しかし、これは大人になるためのイニシエーションでもあるのだ。こうして子どもは世界を知り、せ

つない郷愁を後に残して、自分の道を見つけていくのである。

う~ん、いい本だ。ラノベから出ている本だが、これは大人が読むべき本だと思った。その年代を通り過

ぎて懐かしく振り返ることのできる大人のための物語だ。読んでよかった。