この人の本は「出口のない海」一冊読んだっきりになっていた。警察物で有名なのにこれではいけない。
そこで出世作である本書を読んでみた。
よく知らないなりにこの人の警察物に関しては『派手さはないにしても、かなり読み応えのある小説』という期待を抱いており、読む前からすごく鼻息荒くしていた。一読して、そのおもしろさに驚嘆。
これは凄いリーダビリティだ。ページを繰る手が止まらない。
アルツハイマーの妻の懇願を受け入れその首に手をかけ殺害した現職の警察官梶聡一郎。彼は自首するのだが、彼が犯行を犯してから自首するまでの間に『空白の二日間』が存在した。その二日間にあった出来事を頑として話そうとしない梶。いったいその二日間に何があったのか?
それに関わる様々な人の視点で描かれる一つの事件。そこから浮かび上がってくるのは、梶聡一郎という男の生き様である。警察官には似つかわしくない温厚な人柄。一人息子の死による心の傷。そして『空白の二日間』に秘められた真実。真相がわかってみれば他愛のないことなのである。しかし、そこまで話をもっていく盛り上げ方が尋常でない。
同僚の警察官、検事、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務官、事件の後で梶聡一郎に携わってくる6人の男たち。彼らはそれぞれの視点で梶を見つめ、事件の真相を探ろうとする。その過程で警察内部の軋轢、警察と検察との丁々発止のやりとり、新聞社のスクープ争奪などが無理なく描かれ、読んでるこちらも思わず熱くなってしまう。公的な立場に身をおく男たちが、やはり一個の人間ゆえ身の保全や損得勘定を考慮したり、思わぬところで私情をはさんで行動するさまがページを繰る手を早めさせる。
ここらへんの呼吸はさすがである。
こういう世界を垣間見ると、いかに自分が緊張感のない緩い毎日を過ごしてるのかが身に染みてわかるというものだ。