読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

田舎の朝の事件

 古い町並みはどことなく懐かしい雰囲気で、いつもなら知らない場所にいるという居心地の悪さに下腹がムズムズしてくるところなのだが、そういった不安感はまったくなく、どちらかといえば気分は高揚していた。

 軒を連ねる家々は格子のはまった昔ながらの平屋ばかりで、どの家も玄関先に打ち水をしてあり、辺りには清々しい空気が満ちていた。ぼくはゆっくり歩いている。とにかく気持ちのいい朝だ。

 朝?そう、この光の射し具合は朝なのだろう。

 そういえば腹が減ったな。どこか飯を食えるところはないだろうか。こんな気持ちのいい朝には味噌汁とご飯それに焼いた魚の切り身なんかがあれば最高だ。

 そんな呑気なことを考えていると、やがて道は大きく右に曲がって踏切に突き当たった。なんか興醒めだなぁ。いまの雰囲気に踏切みたいな即物的なものは似合わない。

 憮然としていると前からおばさんが小走りにやってくる。目のまわりに所帯じみた疲れがはりついている。うだつの上がらない甲斐性なしの亭主と、いうことをきかない手のかかる子どものしがらみを一身に背負った重みで肩が沈んでいる。

 俯き加減でやってきたおばさんはぼくの目の前まできてはじめて気づいたようで、ハッ!と驚いて立ち止まった。

「すまねぇ。おめさいるごと、わがねかった。さぎいそぐで、すんませんねぇ」そういいながら横をすり抜けようとするおばさんの腕をぼくは力まかせに引っ張った。

「あれ、なにすんだやめれ、やめれ」

 おばさんは必死に抵抗するが、ぼくの力には及ばない。

 ぼくはさほど手間取ることなく、おばさんを腕に抱いていた。

 疲れが滲みでているはずのおばさんは、しかしとても美しかった。そう!ぼくは欲情した。激しくどうにもできないほど欲情した。

 だからその場で犯した。最初凄まじく抵抗したおばさんは、やがてぼくに腕をまわし、自ら激しく求めた。こんなことしてはいけない。でもなんて気持ちがいいんだ。いままでにない快感だ。こんな町中で朝っぱらからぼくはなんてことしてるんだ!

 ぼくとおばさんは気持ちのよい朝の光の中でとても気持ちのよいことをした。それは、形容不可能なこの世のものではない交わりだった。

 そして、世界は二人を真ん中にピン留めしたまま、大きくうねって内側に閉じていったのである。