読書の愉楽

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ユークリッド・スライサー

 敵は6人。気配を殺しているつもりでも、おれにはわかる。訓練して殺気は消すことができるが、相念まで消すことはできない。頭の中を空っぽにできる人間など存在しないのだ。

 ジャンゴベリーの甘い香りが漂うこの山間の村で、いつになく鋭敏になったおれの知覚器官は、いまも敵の動向をすべてキャッチしている。 左前方の密林の中に三人。おれの右手を流れる川の中に一人。後ろの市場にまぎれこんで、さっきからつけまわしてる奴らが二人。

 どうして狙われているのかはわからない。だが奴らは確実におれを抹殺しようとしている。

 向こうの出方を見ているという手もあるが、生憎おれは先を急いでいる。

 わるいな。おれに合わせてもらうぜ。

 まずは密林の三人だ。腰のメサルトを投げ上げて周囲100メートル以内を不可聴域で封鎖する。時間は2分だ。これ以上時間はかけられない。2分以上不可聴域にさらされると、人はゲシュタルト崩壊をおこしてしまうのである。そうなれば、おれ自身も廃人だ。2分で6人。充分だ。

 おれは密林に飛び込み見当をつけていた場所にセンチュリー・ウォームを放った。

 センチュリー・ウォーム。別名かずら虫。直径5ミリほどの円筒形の甲虫で、15節もある体躯をフレキシブルに動かしどんな狭い場所でも深奥まで潜り込んでしまう。こいつに捕まってしまったら、死は免れない。人間の身体は爪の間から穴だらけの頭までやつらの入り込めない場所はないからだ。

 だからおれはあと二人のいる場所をめざした。

 密林以外の三人もおれの跡を追ってきている。ばかな奴らだ。自らすすんで死ににくるなんて。

 おれは疲れていない。身体中をアドレナリンが駆けめぐっている。奴らも多かれ少なかれおれと似た状況だろうが、一つだけ違うところがある。それは、やつらが恐怖を感じてるってことだ。

 おれの鼻腔に届く死への恐怖は、増幅されて脳内麻薬を大量分泌させる。

 それでいい。どんどん恐怖を感じるがいい。おれがすべて摘み取ってやる。