読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

〈ナイトヴィジョン〉シリーズ

イメージ 1

         
 いきなり話がシフトしてしまうのだが、ほんとうに早川文庫のモダンホラーセレクションがなくなってさびしい限りである。あのシリーズの全盛期だった80年代後半~90年代は、毎月本屋に行って新刊の中から背表紙の赤いシンボルマークを発見するのが楽しみだった。

 このブログでもシモンズ「カーリーの歌」やストリーパー「ウルフェン」などを紹介してきたが、なんじゃこりゃという駄作もあるかわりに、いつまでも忘れることのできないヒル「黒衣の女」なんてのがひょっこり混じってたりして、目の離せないシリーズだった。

 海外のモダンホラーってのは、日本にはウケが良くないのかな?角川のホラー文庫でも今では海外物はまったく刊行されなくなってしまったし、ブランドとして定着しているキングやクーンツなんかはコンスタントに刊行されていってるが、新しい作家の紹介は皆無に等しい。かくの如しモダンホラーファンにとってはいまは冬の時代なのである。

 そういった意味で、本シリーズの紹介がこの二冊で終わってしまったことは本当に残念なことである。

 この〈ナイトヴィジョン〉シリーズが刊行されたのは16年前である。日本国内ではキングの人気が定着し、クーンツはようやく本格的に紹介されはじめ、マキャモンはまだ紹介されてなかった頃だ。

 その当時でアメリカ本国ではこの〈ナイトヴィジョン〉シリーズ、7冊刊行されていた。「ハードシェル」、「スニーカー」はその中の第4巻と第5巻なのである。

 このシリーズが画期的なのは、各巻三人の作家による三万語制限の作品発表という形式である。三万語は四百字詰め原稿用紙二百枚~二百五十枚に相当する。その制限さえ守れば、何を書いてもいいということなのだ。短編を何作かでもいいし、ショート・ショートでもいいし、長編として三万語使い切るという手もある。作家によって短編向き長編向きというものがあるから、この自由度は作家自身にとってもなかなかのメリットだったと思われる。

 今回紹介する二冊の中では、「スニーカー」に収録されているジョージ・R・R・マーティンが長編として「皮剥ぎ人」を書いている。これは傑作である。ハードボイルドミステリーと人狼を組み合わせたといえば、なんだそのベタな設定はと思われるかもしれないが、まあ読んでみてほしい。血と肉にまみれたスタイリッシュで素敵な猫と鼠のゲームだ。マーティンの作品は色々読んだが、いまのところこの「皮剥ぎ人」がマイベストである。これは埋もれさせとくのが非常に残念な作品だ。どこか単独で刊行しないかな。あとの作品は短編ばかりである。それぞれ持ち味が出てて、なかなかおもしろい。読んだのがもうずいぶん昔なので記憶に薄いのだが、中でも印象深いのはキングの「献辞」とマキャモンの「ベスト・フレンズ」だ。この二作はこの先も忘れることはないだろう。

 「献辞」はまったくもって不埒な作品だ。これは生理的に受けつけない人も多いと思う。ぼくも、気持ち悪いのを我慢して読んだ。だから印象深い。ほんとキングってのは侮れない奴だ。

 「ベスト・フレンズ」はマキャモンの短編の中でも一、二を争う傑作だと思う。マキャモンというのは器用な作家で長、短どちらも読ませる作品を書くという稀有な美点を備えている。この「ベスト・フレンズ」は導入部はサイコミステリなのだが、途中から一気に非現実の世界が露呈し、そこからはラストまで全力疾走となる。これにはやられた。なんだ、これは。凄すぎるではないか。ここに登場するアドルフ、フロッグ、お袋さんの強烈なイメージはいまだに薄れていない。気の弱い人がこれを読めば、悪夢にうなされること必須である。

 長くなってしまったのでここらへんで終りにしたいと思うが、この〈ナイトヴィジョン〉シリーズは、やはり全巻読んでみたかった。もしかすると上記の作品に匹敵する傑作がまだまだ出てくるかもしれないではないか。知らない作家も多いみたいだし、興味尽きないところである。でも、それは叶わぬ夢になってしまうんだろうな。