読書の愉楽

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ドナルド・A・スタンウッド「エヴァ・ライカーの記憶」

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 本書の記事は以前ブログ開設まもない頃に書いたのだが、今一度みなさんに紹介したいので再投稿したいと思う。本書はぼくがいままで読んできた翻訳ミステリーの中でベスト10を選ぶとするなら、まぎれもなく上位3位以内には選出するであろう傑作ミステリーである。

 いやいやちょっと待て、ここは正直に告白しよう。本当のところ、本書が1位なのだ。そう、ぼくの中ではこの「エヴァ・ライカーの記憶」こそ並みいる傑作ミステリを押しのけての堂々たる1位なのだ。

 本書はドナルド・A・スタンウッドが20代でものにした処女作。しかし、しかしである。処女作でありながら、本書は並みいる傑作古典ミステリに勝るとも劣らない風格とリーダビリティを備えている。

 では、内容を簡単に紹介しよう。

 話の核心にあるのは、あの海難史上最悪の事故となった『豪華客船タイタニック号の沈没』。この事故が起こったのが1912年4月4日。

 本書はその事故の29年後の1941年、ハワイでアメリカ人観光客夫妻が惨殺されるところから幕を開ける。そして、その21年後の1962年、大富豪のライカーが沈没したタイタニック号の遺留品引揚計画を発表。

 時をへだてた三つの出来事がいかにしてリンクしていくのか?こう書いていくと、いかにもややこしそうに思えるのだが、それは杞憂にすぎない。あれよあれよという間に物語の渦中に引きずりこまれ、本書の主人公である引揚計画のルポを依頼された人気作家ノーマン・ホールと共に、ラストまで全力疾走すること間違いなしなのである。

 本書にはミステリのあらゆるガジェットが組み込まれている。その多様なさまはミステリ好きにはたまらない魅力だ。タイタニック号沈没というあまりにもベタな題材を扱っていながら、そこにフィクションを馴染ませ、現在と過去の事件を絡ませる手腕はとても処女作とは思えない完成度である。

 謎が生まれ、やがてそこに一筋の光がさし解決していくかにみえるやいなや、根底からくつがえされる快感。それがストレスにならずにページを繰る手をさらにはやめる。様々な事件が起こり、多くの人を巻き込み、やがて真相はタイタニック号の生き残りであるエヴェ・ライカーの記憶に収斂されていく。

 ラスト、時を隔てたすべての出来事が線でつながるところなどは、ちょっと他にはないカタルシスを味わわせてくれる。思わず息をするのを忘れてしまうような興奮だ。

 それとこれだけは書いておきたいのだが、本書に登場する真犯人はいままで出会ったことがないほどのインパクトを与えてくれる。ぼくは現在に至るまでこの本に登場する犯人以上の悪人にお目にかかったことがない。これほどの悪意に直面したことがない。そういった意味でも、本書は永遠に記憶に残る作品となり得ている。

 さあ、どうだろう?本書を未読の方、この本に興味が出てきただろうか?

 この本、もし古本屋でみかけることがあれば、迷わず手にとって頂きたい。必ずや、それがあなたと本書の運命の出会いとなるだろう。それほどまでに、本書は素晴らしいミステリなのである。