読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

浅暮三文「実験小説 ぬ」

イメージ 1

  とりあえずアイディアの豊富さには敬意を表したいと思う。本書の構成は二つに分かれている。

 第一章が実験短編集。ここには10の短編。第二章が異色掌編集。こちらには17の掌編がおさめられている。なかなか盛り沢山だ。

 注目したいのは第一章である。ぼくが好きなのは「カヴス・カヴス」なのだが、ここはイタリアでも紹介されてるという巻頭の「帽子の男」を取上げてみたいと思う。

 誰もが見たことのある帽子の男とは誰か?彼は道路を歩いている。時には自転車を手に、時には子どもの手を引いて。彼の人生に思いをはせた人はいるだろうか?浅暮氏はそこに着目した。誰もが知ってるこの帽子の男の身の上を彼は一つの物語として完成させたのである。とても短い作品だ。でも、そこはかとなく漂う不安感はおもしろい。

 次の「喇叭」も良かったと思う。定年退職して妻にも先立たれ、今は一人で新宿下落合のアパートで暮らしている実直だけが取り得の男加藤静夫。彼が午後の買い物から戻ってくると、自分の部屋の前に箱が置いてあった。いぶかしみながらも部屋に入り箱を開けてみると、中には一枚の紙片。

 そこには三本のスプーンが並べて描かれており、下には『どれが曲がりますか?』と書かれている。

 それから彼の元には頻繁に奇妙な紙片が舞い込むことになる。どれもこれも奇妙で、意図の読めないものばかりだ。クイズなのかメッセージなのかさっぱりわからないものばかり。これらの紙片を手に彼があれこれ悩む姿がおもしろい。

 「カヴス・カヴス」は実験精神が最大限発揮されている作品だろう。二人称で語られるこの悪夢世界は本を読んでいる男と、その本の中で生贄にされかけている男がリンクする話だ。話は二つの世界が同時進行したり、また一つになったり変幻自在に進んでいく。アイディア自体は目新しいものではないが、表現方法がおもしろかった。

 「參」という作品などは様々な変わった字の字義を紹介するだけの作品なのだが、これがとんでもない結末を迎えるから侮れない。こんな漢字辞典みたいな話読まずに飛ばしてしまおうかと思ったが、読んでよかった。

 というように第一章の実験短編集は、絵が効果的に使われてたりして結構楽しめた。

 第二章の異色掌編集は、オチのないショート・ショートという感じだった。気に入ったのは「行列」「ワシントンの桜」「生徒」くらいか。「タイム・サービス」という作品では「喇叭」に登場した加藤静夫が再登場したがどうやら同名異人らしい。これはあまりパッとしなかった。

 どうもぼくの好みからして不安感を煽るような話が印象に残ったみたいだ。

 長々と書いてきたが、はっきりいって全体的に印象は薄かった。おもしろい試みだとは思うが、それだけの作品という感じかな。この人は「ダブ(エ)ストン街道」がとてもおもしろかったので、これで見限るつもりはない。今度は長編を読んでいこうと思う次第である。