読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

カラムス戦記

カラムス城を出てすぐに公爵が鼻をヒクヒクさせながら言われた。

「この匂いはあれか?肥料の匂いか?」

そうか、公爵は隣国のシェンツを公式訪問されていて二日前の戦争がどれほどの規模だったかご存知ないのだと思い至った。

「いえ、公爵この匂いは戦で死した兵が腐敗している匂いでございます」

わたしの言葉を聞いて公爵はたいそう驚かれた。

「ほうー、しかし戦があったのは30ジブ向こうのタラント平原ではなかったか?そんなに離れているところで腐っておる兵の匂いがここまで届くのかの?」

もっともな疑問だ。わたしは、簡潔に説明した。

「はい、今度の戦は規模において過去百年で最大のものになりまして、隣国グラブランスの兵が9万、迎え撃つ我が軍の兵が12万。ご存知のように我が軍が勝利しましたが、屍は双方あわせて13万でございました。もとよりいまの時節でございますゆえ腐敗の進度もことさらはやく、折悪しく季節風にのってこの地まで腐臭が届く次第でございまして」

公爵はフンッと鼻を鳴らして痰を吐いてから

「それほどまでの戦なら、たいそう見物だったろうのう」と言われた。

「はい、扇に広がった我が軍の陣形と兵力の差ゆえ後矢の陣形にならざるを得なかったグラブランスの兵が打ち合った際、剣戟による火花が一斉にあがりまして、その明かりが曇天の空に光るのがこの城からも見えたそうで」

「それはそれは、わしも参戦したかったものじゃ」

そう言われる公爵の肩にとんぼがとまった。西の空が赤い。漂う腐臭は甘ったるく、いつまでもまとわりついて鼻がおかしくなりそうだ。

「時に公爵、シェンツでの会合はどうでしたか?」

肩にとまったとんぼを捕まえようとしていた公爵は動きを止めると、上目遣いにわたしを見た。

「それよ。あの髭の大公がなんと言ったと思う?」まるでいたずらっ子の目だ。心底楽しんでる。

「なんと申されたのですか?まさか、20年前のあの件をむし返そうとされたのですか?」

「いや、そこまではなかった。ただ今回の通商問題では我が国と同盟は結べぬと言いおった」

こんどはわたしが驚く番だった。では、いままでの努力が水の泡になってしまうではないか。

「それでは約束が違います。今回の戦にしてもシェンツとの同盟ありきで戦いたくもないグラブランスと一戦交えたわけですから、それではまったく割にあいません」

「そう。そうなのじゃ。いったいあの髭の大公なにを考えとるのやら。しかしどうも解せんのが、きゃつこちらの動向をすべて把握しとる節がある」

自国の憂慮をどうしてそんなにおもしろがるのか。公爵の顔は満面の笑みだ。

「わしの推測では、おぬしが内通してるのではないかと考えているのだが」

そう言い放つなり鞘走った剣がわたしの鳩尾に深々と突き刺さった。


※ 今回の夢は、大幅に脚色いたしました^^。もちろん固有名詞などは後のつけたしです。