読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

平山夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」

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天才か?やっぱりこいつは天才なのか?

読みながら、何度もそう思った。彼の「メルキオールの惨劇」を読んだとき、その形容しがたい世界観

にメロメロになってしまったのだが、本書におさめられている八篇の短編はそれぞれが独自の世界を築

いていて、もうそれだけでブッ飛んでしまった。

やはりこの平山夢明という人は只者じゃあなかった。とりあえず各短編の感想いってみよう。


◆「C10H14N2(ニコチン)と少年―乞食と老婆」

童話風のやさしい語り口調ではじまるが、この後絶対ヒドいことになるのはわかっている。ほら、やっ

ぱり。主人公の少年は善意と悪意の狭間で大きく揺れ動く。味わいはオチのないサキかブッツァーティ

といったところか。インパクトはさほどでもないが、この後続く忌まわしい悪夢の前哨戦と思えば、巻

頭はやはりこれくらいの作品で慣らしていくべきなのかもしれない。


◆「Ω(オメガ)の聖餐」

ああ、やっぱり次にはこんなのが控えてたのね。ここで血と腐臭がイキナリMAXになる。人を喰う忌

まわしい『象男』。しかしそこに漂う膿と腐臭の中には該博な知識が詰め込まれてたりするからおもし

ろい。


◆「無垢の祈り」

この短編集の中では比較的まともな舞台で物語は進行する。薄幸の少女とキ印の母親そして虐待する義

父。そこにシリアルキラーが絡んできて凄惨に幕は閉じる。ストレートな展開なのだが、この人の手に

かかると行間から悪意が染みだしてくるようだ。


◆「オペラントの肖像」

本短編集の中でも一、二を争う傑作。これは世界の構築具合が絶品だった。充分長編で使える設定を惜

しげもなく短編で使ってしまうところがすごい。これが長編になっていたらジェフリー・フォード「白

い果実」にも匹敵する作品になっていただろう。オペラントとは『条件付け』のことである。は?って

感じでしょ?近未来において『条件付け』がなされる世界。平山氏の構築する世界は完璧だ。ミステリ

としてもなかなかいい線いってるんじゃないの。


◆「卵男」

おお!レクター博士ではないか。なるほど平山版「羊たちの沈黙」ということか。しかし、平山氏の描

くサイコな野郎はエレガントだ。本家本元のレクター博士と比べて少しも遜色ない。そして冷酷だ。

これもラストでどんでん返しが用意されていたりする。読めてしまうどんでんかも知れないが、それは

瑕疵にはならない。そんなことどうでもよくなってしまうのだ。


◆「すまじき熱帯」

こちらは平山版「地獄の黙示録」である。もう、なんでもありだ。すさまじい臭気だ。熱帯のうだる暑

さと肌をなめる湿気がまとわりつく逸品。忌まわしい場所で膿汁と腐臭にまみれてしまうのを厭わなけ

れば、この傑作を味わうことができるだろう。とぼけたユーモアと一緒にね。


◆「独白するユニバーサル横メルカトル」

なんじゃ、このタイトルは?いったい何が起こるんだ?誰もがそう思うだろう。しかし、物語はいたっ

てオーソドックス。しかしこの着想自体はめずらしくないとはいえ、それをここまで昇華させたことに

敬意を表したい。無機物に執事の真似をさせたところに平山氏の勝算があったことは間違いない。

因みにこの作品は第59回日本推理作家協会賞を受賞している。


◆「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」

本短編集で一番痛いのがこの作品。拷問の名場面は数あれどこれほど痛い拷問場面をぼくは知らない。

そしてここが平山作品らしいところなのだが、拷問される女の反応が普通じゃないのだ。

いったいどういう反応なのかは、その目で確かめて欲しい。ほんとクラクラしてしまう。


というわけで八篇簡単に紹介してきた。ここに集った作品群はかように危険なものばかりである。しか

し魅惑的であるのも確かなのだ。そこには只のグロテスクではない確固たる知性が感じられる。それが

巧みにブレンドされ、独特の世界を構築している。

やはり平山夢明、只者じゃあなかったな。