読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

池永陽「コンビニ・ララバイ」

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市井の人々の日常が描かれているだけなのに、これがめっぽうおもしろい。そこには、人と人との触れ

合いがあり、ささやかだが心に残るドラマがある。

タイトルからもわかるとおり舞台になるのは本通りから外れた住宅街にあるコンビニエンス・ストア。

様々な人が行き交う小さな町の小さな店。店主は妻子を亡くし、商売気もなくなった凡庸だが誠実な中

年男の幹郎。ここに集まってくる人たちは、幸福な生活や人生とは縁遠い人たち。みんな、それぞれ問

題を抱え、でも不器用に必死に毎日を生きている。

話としては人情話に分類されるのだろうが、殺伐とした現代にこんな人生の避難所みたいなコンビニが

あるわけはない。他人との関わりあいを絶ち、人が困っていても見て見ぬフリをする現代にあって、こ

んな話は成立しないだろうと頭でわかっていても、やはり読まされてしまう。作者の用意するドラマが

巧妙なため、ついつい読んでしまうのだ。そして、少しあったかい気持ちになる。

描かれる事柄は、ヤクザとの恋や、失声症になった女優や、万引きをくり返す女子高生や、年老いてか

らの切実な恋愛だったりする。

彼らはこのコンビニで店長とバイト女性の治子に出会いやさしく、時には激しく揺さぶられながら人生

の岐路を選んでいく。ここには、誰もが忘れかけている人間を信じる気持ちと思いやる気持ちが溢れて

いるのだ。しかし、それが甘すぎる幻想だということはわかっている。でも、わかっていても、それが

心地いい。おそらく、そういう他人に対して示されるやさしさに癒されるのだろう。

ひとつ気になったことがある。それは性愛描写に対してだ。本書に登場するそれらの場面は、とても生

々しい。そこまで詳細に描写しなくてもいいのにと思ってしまった。男として、そういう場面は嫌いで

はないのだが、本書には余計に感じた。また、女性の恋愛観においてもちょっと違うのではないかと違

和感をもった部分があった。そういう意見もあるだろうとは思うが、それが一般的かというとそうでは

ないと思うのである。

ぼくの目から見ればそういった瑕疵はあるのだが、それでも本書が好きだ。そういった瑕疵を補ってあ

まりある魅力があると思う。う~ん、また好きな作家が増えてしまった。これからも、この人の作品は

追いかけていこう。