読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ドン・ウィンズロウ「砂漠で溺れるわけにはいかない」

イメージ 1

 二ール・ケアリーシリーズの栄えある第一巻「ストリート・キッズ」が刊行されてから13年目にしてやっと最終巻が刊行された。本国では1996年に刊行されているのだが、諸事情により翻訳は遅れに遅れ今月刊行されたというわけだ。この辺の事情は巻末の〈訳者あとがき〉に詳しい。

 さて、というわけで二ール・ケアリーの登場だ。前回「ウォータースライドをのぼれ」から約一年とこれまた最短の訳出で、うれしいんだかさびしいんだかよくわからない複雑な心境で読み始めた。

 このシリーズ、最初の三作は分量も多く、内容も重厚かつ軽快でシリアスとユーモアが絶妙のバランスだったのに対して後半の二作は分量も減り内容は軽快でユーモア重視になってきている。

 最終巻である本作では、ラスヴェガスから帰ろうとしない86歳のじいさんを連れて帰ってくるという任務が二ールに課せられる。この一見なんともたやすい仕事のようにおもわれた任務がすんなり終わるわけがない。加えてこのご老体が往年の名コメディアンというからさらに話がややこしくなっていく。

 前回の感想で映画「ミッドナイトラン」を思い出したと書いたが、本書がまさにその「ミッドナイトラン」そのものの筋書きだった。あの手この手で老人を宥めすかして連れ帰ろうとするが、昔ヴェガスで活躍していただけあって、この老人一筋縄ではいかないのである。

 笑った。老コメディアンのジョークには笑えなかったが、本作はシリーズ中屈指の『笑える』作品だった。中盤以降の全貌が明らかになってからの展開は大いに笑える。これ、映画にしたらさぞかし痛快で笑える映画になるだろう。

 前回もそうだったが、今回も二ールのへらず口は少々トーンダウンしている。というか、二ール自身の活躍があまりめざましくない。いわば狂言回し的な役割に徹している。それが悪いとはいわないが、やはりちょっとさびしい。

 しかし、おもしろかった。最終巻だというのにほんとうに笑ってしまった。鮮烈な印象だった「ストリート・キッズ」や、中国が舞台であるシリアスでハードな「仏陀の鏡への道」や、西部劇そのままの雰囲気が強烈に印象に残る「高く孤独な道を行け」などの初期作品とは比べるべくもないが、ぼくは本作大好きである。願わくば、立派に成長して一人前になったニールにまた会いたいものだ。

 作者のウィンズロウもそれらしきことを言ってるみたいなので、大いに期待したいと思う。そうそう、〈訳者あとがき〉で東江氏も言及していたが、本シリーズと同時に刊行されたフロスト警部のシリーズは、いったいどうなっているのだろう?こちらもほんとに待ち遠しい。はやく新作が読みたいものだ^^。