加賀刑事シリーズがあるということを知らずに本書を読んだ。なるほど、この刑事只者ではない。
明晰な思考は数ある名探偵の中でもダントツの冴えをみせ、その言動には必ず意味がある。
わずかな印象から、解決の糸口を見つけ出す手腕には舌を巻いてしまった。
しかし、しかしである。推理の手際が素晴らしかったにも関わらず、本書から大きなカタルシスは得ら
れなかった。物語半ばにして、すべてわかってしまったからである。犯行をどういう風に隠蔽するか?
また犯人が自供してからもう一つのサプライズが用意されているのだが、それも見えてしまった。
まさかそういう事じゃないだろうなと思っていると、その通りだったのでおもしろさ半減だったのだ。
こういう事はめったにないのだが、ミステリでこれが起こってしまうと致命的だ。
扱われているテーマには心揺さぶられるものがあった。子を持つ親として、また年老いていく親を持つ
子としてこういう問題は恐ろしく現実的で身にせまるものがある。こんなことが我が身に起こってしま
ったら?と思わずにはいられない。そこらへんは東野氏うまいなあと思ってしまう。
現実に起こりえることだからこそ、読む側としても深く心に残るのだ。だから、テーマとしては悪くな
かった。加賀刑事側のストーリーに関しては、こちらも東野氏の手際に感服。うまい。これは先が読め
なかった。なるほど、こういう論理もあるのだ。冷たい印象だった加賀刑事の人間性が見事に裏返るエ
ンディングだ。
だから全体的な印象としては悪くなかったのだが、前述の理由でおもしろさは感じなかった。比較的軽
めなのも物足りない要因かもしれない。
というわけで、ぼくの印象としては本書は文庫ランクの作品。ハードカバーで読むほどの本じゃないと
思った次第である。