世の中にブキミさんは多い。人の集まる場所に行けばかなりの確率でブキミさんに会うことができるといっても過言ではない。もしかしてこれはぼくの偏見かもしれないが、実際ぼくはブキミさんに遭遇することが多い。電車に乗っても、街中でも、マクドナルドでも、ちょっと変わったブキミさんに出会ってしまうのである。強烈だったのが学生時代。友人と夜ドライブしていて、信号につかまり停車していると友人が蒼白の顔で窓の外を指しぼくにこう言うのである。
「おい、人が寝てる。ここに寝てる」
「はあ?どういうこと?なんでこんな道路で人が寝てるん?」
「それも裸やぞ。真っ裸や」
ええー!驚いて身を乗り出し助手席の外を見ると、ほんとに裸の男がケツを向けて寝ていたのである。
あの光景はいまだ脳裏に焼きついている。
また別の日。電車に乗ったぼくの隣りに見るからに害のなさそうな普通の主婦が座ってきた。すると、座った途端そのおばさんは
「○☆×■▽§◆£」
わけのわからない言葉をしゃべり出した。驚いて様子を窺うと、冬だというのに額に汗を浮かべて床の一点を穴のあくほど見つめて、呪文のように聞いたこともない言葉を話している。ちょっと戦慄した一瞬だった。
またあるとき、電車の中で吊革につかまっていると背後に人の気配を感じた。しばらくするとお尻に変な感触が。うしろを振り向くと女の人が立っている。よく見えないが、髪の長い人で三十代くらいの人だった。まさかね、と思い気づかないフリをしていたら、またお尻を触られた。おいおい、こんなことあるのかよ!と思いながらその場を離れて空いていた席に座った。するとその女性もぼくの隣りに座ってきたのである。またまた、ええー!である。ここで逃げるのもなんか癪なのでそのまま座っていたらやがてその女性がぼくの肩に頭ももたせてきた。ふんわり漂ういい香り。でも、やっぱり気持ち悪いので途中の駅で急いで降りた。
こんな感じでブキミな人にはたくさん出会ってきたわけなのだが、本書に登場するブキミさんもなかなかのブキミさんである。
収録作は以下のとおり。
・椎名誠 「真実の焼きうどん」
・内田春菊 「すてきなボーナス・デイ」
・原田宗典 「駅のドラマツルギ」
・江戸川乱歩 「目羅博士」
・芥川龍之介 「虱」
・中島らも 「沈没都市除霊紀行大阪の悪霊」
・田辺聖子 「おかしな人」
・筒井康隆 「YAH!」
・夏目漱石 「硝子戸の中(抄)」
・室井滋 「趣味」
・遠藤周作 「ニセ学生」
・水島裕子 「人形の脳みそ」
・清水義範 「冴子」
錚々たるメンバーだ。中には、これはちょっと主旨からはずれてるんじゃないかと思われる作品もあるのだが、総じていえるのはここに登場するブキミさんは、思い込みの激しい人なんだなということだ。
それがとどまることをしらず、みな後戻りできないところまでいってしまっているのだ。それを読みながら笑ってるぼくも、案外ブキミな人の仲間だったりして^^。