この著者の本は、はじめてなのだが強烈なタイトルに惹かれて思わず手にとってしまった。
ミャンマーに柳生一族?はて?伝奇小説か?本を開く前に昂ぶる期待を抱いてしまったくらいだ。
しかし、よくよく確かめてみるとどうも本書は旅行記のルポらしい。
著者の高野秀行氏は早稲田大学の探検部出身だそうで、非合法で一般人が行けない秘境や辺境を旅して
何冊も本を書いているのだそうだ。
そんな高野氏が今回あの船戸与一の取材旅行に同行して軍事国家のミャンマーに行った顛末を記したの
が本書「ミャンマーの柳生一族」なのである。
では、どうして柳生一族なのか?といえば、ここが秀逸なのだが高野氏がミャンマーの国政を日本の武
家社会になぞらえてしまったからこういうことになっているのである。
つまり、ミャンマーの軍事政権を徳川幕府に、軍情報部を柳生一族に移し変えてしまったわけなのだ。
こうすることによって、ぼくみたいなミャンマーのミの字も知らない者にとっても、スラスラとミャン
マーの情勢や内情がわかるようになっている。
しかし、あまりにもすべての事がパズルピースのようにピタッと収まって解釈できることに驚く。
これは世紀の大発見なのではないかと思わず膝をのりだしてしまう勢いで、ミャンマーが鎖国時代の日
本に重ねあわされていくのだ。高野氏もこの着想に大いに筆がノッタとみえて、その文章は縦横無尽にミ
ャンマーを語り尽くしている。この薄い本を読めば、誰でもミャンマー通になってしまうだろう。
封建的な風土なのに、みんなどことなく長閑で、人間的に憎めないミャンマーの人びと。彼らの言動は
素朴であるがゆえに笑いを誘うし、日本から見れば充分危険な国なのに、牧歌的でさえある。なんとも
魅力的な国なのだ。
船戸与一の存在感もすごい。物怖じせず直感で行動し、単刀直入に物事に切り込んでいく姿勢は賞賛に
値する。大らかなのかガサツなのか理解に苦しむところもあるが、彼の行動と高野氏の思惑のギャップ
には大いに笑った。船戸作品は、ずいぶん昔に三作品読んだっきりすっかりご無沙汰していたのだが、こ
の取材旅行をもとに書いたという「河畔に標なく」という本に凄く興味が湧いてきた。そのうち読んでみ
ようと思う。いったい、この取材旅行でどんな本が出来上がったのか気になって仕方がないのだ。
ところでこの抱腹絶倒の取材旅行があったのは、2年前。いまでもミャンマーはめまぐるしく情勢が動い
ており、昨日の朝日新聞にも軍事政権に抵抗していたカレン族の武装組織「神の軍隊」の少年司令官ジョ
ニ-が政府に投降したというニュースが大きく報道されていた。弾丸でも地雷でも死なない霊力があると
信じられ『伝説の少年司令官』となったこの少年は、投降後「家族と平和に暮らしたい」と語ったそうで
ある。ミャンマーの行末がどうなるのか、これからはもっと注目していきたいと思う。
それにしても、高野氏は興味尽きない人である。ミャンマーの国軍でさえ足を踏み入れたことがないワ州
に世界で初めて長期滞在し、一緒にアヘンの栽培から収穫までも体験して書いたという「ビルマ・アヘン
王国潜入記」もそのうち読んでみたい。いってみれば本書の前日譚にあたる本なのだ。
こういった旅行記はあんまり読まないし好きなジャンルでもないのだが、奇妙なタイトルにつられてつい
つい読んでしまった。ほんと、なかなかに傑作なのですよ、この本は。