読書の愉楽

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福澤徹三「亡者の家」

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 ホラーと銘うってあるが、本書はホラーとしては少しインパクトに欠ける。

 超自然的要素は、まったく出てこない。

 ここで少し考えてみたいのだが、優れたホラーとはいったいどういうものをさすのだろう?この場合のホラーとは、怖さの点で優れたホラーということである。大体、海外作品におけるホラーなんて枠としてホラーが使われているだけで、恐怖を感じるといった意味ではやはり国内産のほうに軍配が上がってしまう。かといって、海外ホラーを貶しているわけではない。あれはあれで大好きだ。

 しかし、今回は恐怖を与えてくれるホラーについて考えてみたい。

 ぼくがホラーとして心底から震え上がった小説は、鈴木光司「リング」だった。今に至るも、これ以上にビビッた本はない。次に貴志祐介の「黒い家」だ。これ以降に続く作品はない。

 転じて映画に目を向けてもやはりニ作に絞られる。「女優霊」と「呪怨」である。

 さて、ここで震え上がってばかりいないでどうしてこれらの作品がぼくに恐怖を感じさせるのかを考えてみようと思う。

 とりあえず「リング」で考えてみよう。これは、ストーリーを紹介するまでもないと思う。各メディアで、これでもかと露出された日本を代表するホラーだから、この作品を知らない人はいないだろう。では、この作品のどこがそんなに怖いのかを考えてみたい。

 まず、この作品には不気味さがつきまとっていた。生理的嫌悪をもよおす要素が多かった。この作品の白眉はやはりあのビデオテープの映像だ。読者も登場人物の目を通してあの映像を見ることになるのだが、一番目の印象は不気味さのみだった。なんだかわからないが、とにかく気味が悪い。ブツ切れの映像や、オーバーラップする映像各々の意味がわからないながらも鳥肌が立つような気味悪さが印象として強く残る。なんだか尋常じゃないぞと感じるのだが、その意味がわからない。物語はタイムリミットという枷を設けて加速していくので、読者側も一緒になって真相の意味を追いかける。そして、その過程でわかっていくビデオの映像の意味。ここがポイントだ。この映像の意味が解明されていく段階が怖いのだ。最初はわからなかった断片的な映像や音が、次第に意味を持って浮かび上がってくる。過去に起きた一連の出来事がめぐりめぐって今に引き継がれていく恐怖。ここで全貌を顕わにする禍々しい因縁が心底怖いのだ。何が怖いといって、いま起きている不気味な出来事より、どうしてそういうことが起こるようになったのか?という原因がわかる時が一番怖いのだ。

 そう、ぼくが怖いと思うのはそこなのだ。「黒い家」も然り。あまりにも不気味な家があって、象徴的な不気味な出来事があり、神経を逆撫でされていく読者の前に現れる真相の怖さ。どうなったか?ではなくて、どうしてそうなったか?が怖いのだ。

 映画の「女優霊」も「呪怨」もそうだ。映像作品は目に訴えてくるからそのインパクトは絶大で、得てして今起きている現象に驚いてしまうものなのだが、やはりここでも心底怖いのはその原因なのだ。

 そう、因縁だ。今以前の過去から伸びてくる因縁の手が怖いのだ。

 だから、ホラーではない山口瞳「血族」も怖いと感じたし、筒井康隆の「エディプスの恋人」に出てくる香川智弘とその家族の過去の話も怖いと思ったのだ。

 前置きが長くなった。

 そこで本書である。本書の主人公は消費者金融の取立てをしている青年だ。就職先が決まらなかった彼は、面接もほとんどフリーパスの消費者金融にとりあえず身を落ち着かせてしまう。これだけだと、どこがホラーなんだと思ってしまうのだが、そこは恐怖小説のホープが描くだけあってなかなかリアルな恐怖が盛り込まれている。タイトルからもわかるように本書の恐怖を象徴しているのは『家』である。

 禍々しく悪臭を放ち、来る者を拒む家。そこへ行くと背筋が凍り、冷や汗がふきだすような恐ろしい家いったい中には何がいるのか?ここに入ると、とんでもない目に遭うのではないか?そんな自己保存が自然と危険を告げるような家。あの「黒い家」や「呪怨」で描かれたような、あまりにも不吉な家。

 解説でも言及されているとおり、この『家』の描写は生々しくて不気味だ。

 しかし、しかしである。その後がいけなかった。そう、因縁が描かれてないのだ。その『家』がどうしてそれだけ忌まわしいのか?どうして背筋が寒くなるのか?そこが描けてなかった。

 ナチュラルな恐怖を描くにしても、その禍々しい家に住む者をもっと書き込んで欲しかった。『家』とそこで起こる現象がなかなか無気味なだけに、そこがすごく物足りなく感じた。軽い本なので、すぐ読めてしまうのも物足りない理由なのかもしれない。この人には、もっと濃密で長いホラーを期待したい。あの「壊れるもの」で感じたリアルな恐怖も捨てがたいが、心底ビビッてしまうような震え上がってしまうホラーを書いて欲しい。そう思った次第である。