日本は獣害というものには、さほど縁のない国だと思っていた。
命にかかわる獣害なんて、猛獣の少ない日本にはあまりないもんだと思っていた。
でも、そんな猛獣の少ない日本で最大の脅威なのはやはり熊なのだ。
300キロや500キロもあるやつに襲われれば、ちっぽけな人間なんてひとたまりもない。
大正のはじめ、北海道の開拓村に入植していた人たちを襲ったのがこの熊なのである。
動物園で見れば、いつも寝てばかりいるウドの大木みたいなやつだが、こいつが暴れるとハリケーン並み
の被害が出る。今みたいな警察や軍隊(自衛隊)の機動力のない時代に、夜となれば世界が闇に沈んでし
まう恐怖の中でこんなデカイ羆に襲われれば、その怖さは言語に絶するだろう。
だが、この羆を仕留めたのもたった一人のちっぽけな人間なのである。
そこには人智を越えた力が感じられる。現代では、もう人間が忘れかけている自然の力だ。言いかえれば
地球の力。また言いかえれば動物の力である。新しいものを求め続けるだけではなく、ちょっと振り返っ
て人間自身の力を見直すことも大切なのではないだろうか?そんな見当ハズレな感想を抱いてしまった。
とにもかくにも、本書は黎明期の北海道において日本獣害史上最大の惨劇といわれる苫前羆事件を描いた
傑作である。どうぞ、その迫真の描写に戦慄してください。