読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ジョージ・アレック・エフィンジャー「重力が衰えるとき」

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 猥雑な未来というのは、どことなく魅力的である。

 退廃的で狂気が日常化していて、そこへもってドロくさいごちゃごちゃした機械文明がわが物顔であふれかえっている。犯罪が生活の一部になっている。映画「ブレード・ランナー」が魅力的だったのも、そういう雰囲気がたまらないからだ。

 本書はその雰囲気をそのままアラブの暗黒街ブーダイーンにもってきてしまってさらに猥雑さに磨きをかけている。主人公はこの街でしがない探偵をやっているマリード。探偵や雑用をして小金を稼いでいるジャンキーである。しかし彼は人格モジュールを挿入するソケットをつけてはいない。このソケット直接脳に取り付けてあって、そこへ様々なモジュールを差し込むとどんな人間にもなれてしまうのである。外国語もペラペラだし、古今東西のヒーローのモジュールを差し込めばその人物になってしまう。

 この小説、当時(1987年)はサイバーパンクの大本命みたいにいわれていたが、今読むとSFとしてのガジェットはさすがに古臭いかもしれない。しかし「オルタード・カーボン」のような作品が現在も書かれていることを思えば、古臭いという言葉で一蹴してしまうにはためらいがある。

 とにかく我らがマリードは、まだ生身の人間のまま登場する。おきまりの失踪人捜しがはじまり、殺人が起こるにつれて暗黒街の顔役が登場し、とうとうマリードも頭にソケットを埋め込むハメに・・・。

 それからの展開がさらにおもしろい。マリードはジェームズ・ボンドネロ・ウルフなどのモジュールをソケットに差し込み事件解決に向けてハードボイルドそのままの世界で活躍するのである。

 全体の雰囲気は満点だ。イスラム文化サイバーパンクとハードボイルドという組み合わせが妙にしっくりくる。ミステリファンの心をくすぐる仕掛けもたんまりある。

 しかし難をいうなら、事件のまとまりが少し悪い。ちょっと物足りない。

 このシリーズはあとニ冊続編が出ている。「太陽の炎」と「電脳砂漠」である。この二冊は未読だが読もうと思ってる。一冊目の本書の結末に不満があったとしても、このシリーズにはそれだけの魅力があるということだ。