本書は素晴らしい。
かつて、こんなに本格に近づいたハードボイルドがあっただろうか。
いや驚きはそれだけではない。本書の扱っているテーマには人間の弱さを見せつけられてしまった。親と子の悲劇。次々とあらわれる登場人物たちの内面には、悲劇がすみついているのだ。これほど大胆に展開する人間のエゴをぼくは知らない。本書の真相は戦慄そのものである。
ぼくは、本書のラストを読んでいて、ふと「サイコ」を思い出してしまった。壊れてしまった頭はとりかえることができないのだ。いや、本書の犯人は壊れた頭をもっているのではない。愛のかたまりと化して、もろくも崩れさろうとしている人間自身の弱さを内に秘めているのである。
本書の悲劇は悲惨ながらもなぜかしら暗さがない。
マクドナルドの作風は一般的に荘重で陰鬱だといわれ、チャンドラーやハメットほど人気はないように思うのだが、ぼくはこの作風が大好きである。
チャンドラーかマクドナルドかというと、こちらの方が好きだ。
構成の巧みさと、意外性のあるストーリー展開がほんとうに素晴らしかった。
では、三十一章の最後に出てくるあまりにも怖い電話のくだりを引用して終わろう。
『ロイ、こわいわ。あの女(ひと)知ってるのよ、わたしたちのこと。たった今、電話をかけてきて、ここへ来るって言ったわ』
おお、怖い怖い。
いったいこのセリフの何が怖いのかは、読んでみて実感してみて下さい^^。