こういうアンソロジーが結構好きだったりする。
いままで角川から北村薫と有栖川有栖がそれぞれ編者を務めたアンソロジーが出てるのだが、よくこんなの見つけてきたなっていうくらいマニアックな作品がそろっていたにも関わらず、内容的には満足を得られるほどではなかった。北村編に収録されていたクリスチアナ・ブランド「ジェミニ-・クリケット事件」(アメリカ版)と有栖川編のジョン・スラデック「見えざる手によって」が印象に残ってるくらいで、他はあまり見るべきものがなかった。
だが、それでもこうやってまた新しいアンソロジーが出たら気になって仕方ないのである。いてもたってもいられなくなってしまう。
もしかして、まだ見ぬ素晴らしい作品にめぐりあえるのではないかと儚い夢を追い求めてしまうのだ。
で、本書である。
これがなかなかおもしろかった。本書は章ごとに作品がまとめられている。編者によるイントロダクションと各章の間に挟まれるミステリ紹介記事が栞になっているという体裁だ。
ラインナップは以下の通り
『眉につばをつけま章』
・ 「ミスター・ビッグ」ウディ・アレン
・ 「はかりごと」小泉八雲
・ 「動機」ロナルド・A・ノックス
『密室殺人なぜで章』
・ 「消えた美人スター」C・デイリー・キング
・ 「密室 もうひとつのフェントン・ワース・ミステリー」ジョン・スラデック
・ 「白い殉教者」西村京太郎
『真犯人はきみで章』
・ 「ニック・ザ・ナイフ」エラリー・クイーン
・ 「誰がベイカーを殺したか」エドマンド・クリスピン&ジェフリー・ブッシュ
・ 「ひとりじゃ死ねない」中西智明
『おわかれしま章』
・ 「脱出経路」レジナルド・ヒル
・ 「偽患者の経歴」大平 健
・ 「死とコンパス」ホルヘ・ルイス・ボルヘス
以上12作品である。
眉につばをつけま章の三編は小手調べ。巻頭の「ミスター・ビッグ」などは被害者がなんと・・・という話でハードボイルドパロディとして楽しめる上に意外な被害者に驚く一種のお遊び。
密室殺人なぜで章では、デイリー・キング「消えた美人スター」が安楽椅子探偵物としておもしろかった。この人「空のオベリスト」や「海のオベリスト」などで有名な不可能犯罪に執念を燃やすタイプの作家みたいだが、初めて接したこの作品ではラジオの臨時ニュースと電話から情報を得、事件の真相を探るというおもしろい試みをしている。
西村京太郎の「白い殉教者」もなかなか読ませた。雪の降り積もる公園の中でナイフを刺された全裸の若い女性の死体が発見される。しかも、そこは公園内に設置された屋外ステージの上。ステージから7メートル離れたところまで車のタイヤ跡があるが、そこからステージまでは足跡ひとつなかったのである。足跡なき殺人という不可能興味にくわえ、話は思わぬ展開をみせる。おもしろかった。
真犯人はきみで章は、本書の白眉である。ここで紹介される三編には、いずれも読者への挑戦状がついている。クイーン、クリスピンの作品はそれぞれ短い話ながらソツなくまとめられていてサプライズをあじわった。特にクリスピン&ブッシュの作品は、ほんとに短い作品ながら記述トリックの見本のような作品だ。手並みの鮮やかさに脱帽。
そして、今回一番感心したのが中西智明「ひとりじゃ死ねない」なのである。
この記述トリックは、もしかすると腹を立てる人もいるかもしれない。しかし、ぼくは驚嘆した。なるほどねえ。真相を知ってからもう一度最初から読んでみれば、一回目と二回目がまるで反転するように違う意味合いに取れるのである。周到に計算された記述なのだ。素晴らしい。この人の存在は知らなかった。法月をして「早すぎた傑作」と言わしめる「消失!」という作品が講談社文庫から出てたというのを知って、なんとか確保した。驚いたのがアマゾンのユーズド商品で4000円の値段がついてたことだ。近々この作品も読んでみたいと思う。
おわかれしま章では、精神科医のドキュメントだという「偽患者の経歴」に驚いた。これも秀逸な記述トリックになっているのだ。実際にあった話というのが驚くではないか。素晴らしい。
ボルヘス「死とコンパス」もおもしろい。「ホッグ連続殺人」を思い出してしまった。この衝撃のラストがストリブリング「ベナレスへの道」を想起させると法月に言わせしめるということは、なるほどポジオリ教授は、そういうことになっちゃうってことなのか。うう、恐ろしい。
というわけで、今回のアンソロジーは大満足だった。堪能いたしました^^。