奇妙なロジックを操らせたら泡坂妻夫の右にでるものはいない。
紋章上絵師でありマジシャンでもあるこの稀代の推理作家は、固定観念にとらわれない驚くほど柔軟な
脳みそを所有しているらしい。
そんな彼のトリッキーな短編を十二分に堪能できるのが、この亜愛一郎のシリーズなのである。
いまは創元文庫で手軽に入手できるが、ぼくが読んだのは角川文庫だった。これは、いまでも不思議に
思っているのだが、この角川文庫同じシリーズなのにみな表紙が違うのである。
まずは、その表紙をご紹介。
「亜愛一郎の狼狽」
「亜愛一郎の転倒」
「亜愛一郎の逃亡」
見事に違う^^。どうしてなんだろう?
まっ、それはおいといて、このシリーズの魅力を語っちゃいましょうか。
先にも書いたように、このシリーズの魅力はなんといってもその奇妙な論理にある。
亜愛一郎のデビュー作でもあり、作者自身のデビュー作でもある「DL2号機事件」を読んでみれば、
誰もがそのロジックの展開に舌を巻くことだろう。誰がこんな奇妙な論理を思いつくだろう?
この誰にもマネできない、そして既成概念にとらわれない奇妙な論理展開が泡坂妻夫の真骨頂なのであ
る。
『狼狽』の中では気球の中で人が殺されるという空中密室を熱かった「右腕山上空」や、秀逸な暗号ミ
ステリの「掘出された童話」、密室と奇妙な論理が合わさった超絶技巧の「ホロボの神」などが収録さ
れている。なお、「ホロボの神」は「有栖川有栖の密室大図鑑」にも取り上げられていることをここに
記す。
『転倒』では、これまた絵に隠されたメッセージを独特のロジックで解いていく「藁の猫」、屋敷の消
失という大トリックが豪快な「砂蛾家の消失」、逆説の妙が堪能できる「珠洲子の装い」、泡坂版見立
て殺人という趣の「意外な遺骸」、逆説と密室が奇跡的に融合した「病人に刃物」などが収録されてい
る。
『逃亡』では、密閉された球形の部屋での殺人を描く「球形の楽園」、日常的なミステリを描いた「歯
痛の思い出」、シンプルな作りながら伏線の妙を味わえる「飯鉢山山腹」、逆説と精緻な伏線で読者を
煙にまく「火事酒屋」、そして、いままでの主要キャラが総出演の壮大なフィナーレを飾る「亜愛一郎
の逃亡」が収録されている。
このシリーズ番外編として亜愛一郎の先祖が活躍する「亜智一郎の恐慌」という本もある。これはぼく
も未読なのだが、時代が江戸にうつって、またあの騒動がおこるみたいである。
少し駆け足できたが、本シリーズは「日本のチェスタトン」と言われた作者のミステリ技巧を十二分に
堪能できる傑作シリーズなのは間違いない。未読の方はどうぞご賞味あれ。