忍法帖ではない山風の時代小説としてのエッセンスが詰まった短編集である。
巻頭と末尾以外の作品はすべて現在入手出来ない作品だ。ハルキ文庫の快挙に拍手である。では、簡単に各作品について
表題作は、忍法帖の匂いかすかに漂う傑作である。秀吉の死の際に託されたという大阪城絵図に隠された秘密と、それを解こうとする豊臣家の遺臣たちが次々と死んでいく謎。ミステリの要素も加わってすこぶるおもしろい作品に仕上げている。しかし、ここであかされる陰謀と、それを陰であやつる犯人の驚くこと。見事である。
「数珠かけ伝法」
残酷なストーリー展開に息のつまる思いがした。これならいっそ殺してくれたほうが良かったと思えるような仕打ちである。人間とは、どこまで残酷になれるものなのだろうか。
「行燈浮世之介」
忠臣蔵異聞である。忠臣蔵以前の物語として著者お得意の史実と嘘をとりまぜた好短編であり、行燈浮世之介が誰なのか読者には一目瞭然なのだが、そこがまた楽しい。
「変化城」
これも忠臣蔵異聞。ここで取り上げられるのは松の廊下での刃傷事件が起こったあとの話であり、吉良上野介をめぐる怪事件とその真犯人は誰かという趣向がこらされてあり、またまた山風の探偵作家としての本領発揮というところで、ラストのどんでん返しにはほんと舌を巻いた。
「乞食八万騎」
この作品では、タブー視されている非人を扱っている。幕末の混乱の中、官軍が江戸城開城をせまり、幕軍の勢力が衰える中、非人たちが胸のすく活躍をしてみせる。ラストの大芝居は気持ちがよかった。
「首」
井伊大老の首をめぐってさまざまな人たちが翻弄される物語。首だけとなり、日がたつにつれて腐ってゆく中でも目だけは白々としている不気味さが際立っている。だが、そのただの首が人々の運命を変えてゆくのである。短い作品ながら、インパクトは強い。
以上6編、山風の描く魔界に酔った。魅力ある世界を描く人だ。毒があるからやめられないのだ。