本書には、シリーズ物でない二編がおさめられている。
表題作である「エデンの命題」は、クローンやアスペルガー症候群や旧約聖書などといったガジェット
を組み込んだ意欲作で、世間一般の評価はいざ知らず、ぼくは結構おもしろく読んだ。
なによりおもしろかったのは、旧約聖書についての矛盾点をついた箇所である。この矛盾にはまったく
気がつかなかった。以前高橋克彦の「竜の柩」を読んだときも旧約聖書についての矛盾点ですばらしい
指摘があり感心したものだったが、本書の指摘もなかなかのインパクトだった。
ミステリとしての完成度はいま一つなのだが、魅力ある佳品だったと思う。
常々思ってることなのだが、島田荘司は、無駄な記述に変な魅力のある作家である。かの司馬遼太郎が
「余談だが~」といって始める件が無類におもしろかったように、島田作品もこの余談がとても魅力的
だと思うのである。「暗闇坂の人喰いの木」の死刑や拷問の歴史に関する薀蓄や、「アトポス」のエ
リザベート・バートリの長い間奏のように、本編よりも印象に残ってしまうことが多々ある。
この表題作もそういった意味で、おもしろかった。純粋にミステリとして楽しもうと思えば肩すかしを
くうかもしれないが、そう思わなければほんと魅力ある一編である。
もうひとつの「ヘルター・スケルター」は、タイトルを見て内容が見えてしまった。これ有名な話でし
ょ?龍臥亭事件の津山三十人殺しのように、たいていのミステリ好きはこのことは知ってるはずである。
まさか、それが真相なんじゃないだろうなと思っていると、そのとおりになったので違う意味で驚
いてしまった。なるほど、この作品にはトリックがある。でも、弱い。もう少し驚かせてくれるのかと
思ったのに、そうでもなかった。
しかし、密室劇のもつ緊迫感はよかった。不可解な状況と、異常な告白。事態は進展しているのだが、
一本の筋が通らないため、読者はもどかしい思いをする。そして、真相。ここが弱かった。
全体的には、好印象だったが惜しいところである。
以上二編人間の脳を題材に興味深い内容だったと思う。常に新しいことを試みようとする島田荘司は、
いつまでも気になる存在である。