行政が執り行う『となり町との戦争』という特殊な状況を詳細にシミュレーションして描かれる世界は
お役所体制が前面に押し出された静かな戦争でもあった。
奇妙な静けさを持った戦争。人が死んでいるのに実感されない戦争。そんな戦争あるものかって思って
しまうのだが、これが本書ではリアルに感じられる。リアルでない戦争がリアルに思えるのだ。
そんな中、主人公である北原修路は戦時特別偵察業務従事者に任命され、この奇妙な戦争に関わってい
くことになる。
彼は常に疑問に思っている。戦争とはなんなのか?町の活性化のために催される戦争とはいったいなん
なのか?と。
それは、読者の疑問でもある。しかし、徐々にあきらかにされるこの戦争の背景に淀みはない。
一貫していて、とても理路整然としている。なるほど、そうなのかも知れないなんて思ってしまう。
そんな風にして、戦争はすすめられていくんだと妙に納得してしまう。
ここで、曖昧な形で浮上してくる一組のカップル。主人公の北原と町役場となり町戦争課の香西さん。
このカップルのつかず離れずという距離感のあるやりとりが、なかなかよろしい。
役所の人間である香西さんの、公的な立場の合間にみせるふと気をゆるめた瞬間や、クールな中に秘め
られた熱い心情が妙に心をくすぐる。
二人は、戦時拠点偵察業務従事者として新婚夫婦になって敵地に潜入することになるのだが、戦争業務
とプライベートな感情の狭間でお互いを認識しあう過程がとてもいい。
北原は、香西さんによってこの戦争に繋がれている。銃弾が飛びかうわけでもなく、砲弾が飛んでくる
わけでもない。町の広報にのってる戦死者数だけが唯一の戦争情報なのだ。
なんて奇妙な世界なんだろう。空虚で、透明な感じだ。リアルじゃないって感じるのは北原だけじゃな
い。読者もそう思ってる。でも、この白昼夢のような世界が、しっかり構築されているからこそ興をそ
がず、読み進めていくことができる。
北原と香西さんの関係はせつない。ラストちょっと鼻につく場面があったが、でもやっぱりせつない。
薄い本だが、なかなか重たいものを持っていたと思う。ちょっと引きずってしまった。