平凡な日常を壊され、怯えた小動物さながらの小市民を描かせたらこの人の右に出る者はいないだろう。
ちょっとしたきっかけで、人生を踏み外していく過程があまりにもリアルである。
思い込み、行き違い、先走り、ウソの塗りかため、ごまかし。誰の人生にもあるこれらのささやかな間違
いが、どんどん成長し人生を食いつぶし、奈落の底へとつき落とす。
それが誰にでも起こりうるリアルさなので、読んでいても他人事でない。
不安感や、焦燥感にとらわれてしまう。
時に及川恭子の境遇が痛ましい。平凡な主婦が、夫の起こした事件によって次第に壊れていく様は、息苦
しさをおぼえるほどである。
もう一人の主人公の九野刑事も、妻の死というトラウマをかかえ、最後の拠所ともいえる義母を愛してい
るのだが、それが思わぬ展開をみせてこちらを驚かせる。ラストは少し尻すぼみの感はあるが、それを補
ってあまりある魅力のある本だった。