この人は、もっと読まなくてはと思いながら、今現在で読んだのは本書一冊きりである。
老弁護士が回想する70年前の事件。
ニューイングランドの小さな町にやってきた美しい女教師が巻き起こした波紋「チャタム校事件」。
幼き日々を振り返り、やがて到達する恐ろしい真相。
ステレオタイプの話なのだが、ぐいぐい引き込まれる。
読後しばし余韻にひたる馥郁たる香りがあった。鴻巣友季子さんの仕事は賞賛に値する。名訳だ。
原文の詩情に直接ふれる事はできないが、クックの文章を少しは理解した気がした。
過去の出来事を振り返るというのは、その出来事が衝撃的であればあるほど封印を解くという忌まわし
い作業が伴うので、真相に近づくにつれ鼓動がはやくなってくる。
だが、クックは抑えた筆勢で静かにそして丹念に物語を綴ってゆく。
ラストでも、よくあるように同時進行のカットバックを使ったりせず、真正面から事の真相に近づいてゆ
く。ああ、こういう書き方もあるんだな、と思った。
小説の醍醐味を味わった。文庫で、こんなに素晴らしい作品を読めるとは幸せなことである。