続けて読むことに異議無し。時は遡っているけどね。本書に収録されている短篇は御大が80歳前後に書かれたもの。それでもだいぶお年を召されてますよね。先に読んだ「ジャックポット」は、さらに年を重ねてからの作品なのに、本書より読む人を選ぶ本に進化しているってところが凄いよね。
本書に収録されている作品はもっとずっと読みやすくて驚いた。収録作は以下のとおり。
「ペニスに夢中」
「不在」
「教授の戦利品」
「アニメ的リアリズム」
「小説に関する夢十一夜」
「三字熟語の奇」
「世界はゴ冗談」
「奔馬菌」
「メタバラの七・五人」
「附・ウクライナ幻想」
もうのっけからかましてくれます。読了してもどうしてそんなタイトルになったのかわからない巻頭作は、認知症の老人の頭の中を詳細に語って、支離滅裂なのにかなりおもしろいという稀有な作品。出だしからして『食卓の上の置時計がわしを拝んだ。時計とは柔らかいものだが、人を拝む時計というのは面白い。珈琲カップを床に叩きつけて割ってくれと頼んでいるのでわしはそうした。』ですよ? そんなハチャメチャなご老体が街にくりだし、銃をぶっ放しながらブルドーザーのように突き進んでいくんだから痛快痛快。映像化不可の傑作。なんでかって?これ映像化したらコンプライアンス違反でしょ。笑ってしまった。
打って変わって「不在」は、情報が並行に語られる括り的にはディストピア物だ。章ごとに場面が変わり、読んでいくうちに読者はそれらの情報をトレースして足していき全体像を組み立てなければならない。そこから浮かび上がってくるのはただのフィクションと割り切れない過去の傷跡だ。
という風に、本短編集は「ジャックポット」と比べると、とても接しやすい。「三字熟語の奇」は、その中でも特殊で、三字熟語が見開きに三十二列八段で羅列されていて、それが数ページ延々続くのである。最初は一のつく物から順番に書かれているのかなと思っていると、なんか繋がりが見えてくるような部分もある。ん?と読み進めていくと最後の方では存在しない三字熟語が氏お得意のブラックな様相でもって登場したりして、なかなか侮れなかったりするのである。
「奔馬菌」、「メタパラの七・五人」の二作は、筒井康隆ここにあり!って感じの作品で、登場人物たちが小説の中にいる認識がダダ洩れしたり、作者が出てくるのはメタな展開で、そこからさらに踏み込んで読者がそこに介在する不思議な心地を体感する。メタからパラなのだ。また、それを提唱した解説を書いている佐々木敦が本編に登場してくるというのも、多分にボルヘス的で楽しい。いや、刺激的だ。
続けて筒井作品の今を読んだわけなのだが、まだまだこの人お盛んなのである。できるだけ長生きして、まだまだ作品を発表していってもらいたいと思うのである。
