クリスティは嫌いだ。御三家ならクイーンが一番だし、ミステリ黄金期というくくりなら、ブランドのほうが断然好みなのだ。だから、クリスティの作品は五冊ほど読んで長い間手をつけずにいた。———はずなのに、本屋でつい手に取りあらすじをみて、なんだか気になった。回想の殺人ゆえ、安楽椅子探偵のようなどんでん返しが味わえるのではないかと期待したのである。
ポアロのもとに依頼人があらわれる。妙齢の美しいその女性は、過去に起きた自分の母親が夫(依頼者の父ですね)を殺害した事件の無実を証明してほしいというのである。
事件に興味を持ったポアロは当時、事件にかかわった人たちを訪ねて話を聞いてゆく。それぞれがそれぞれの見解を示し、各々の見方によってその事件があった日の様相が変化してゆく。過去の殺人であり、いまさらどうするの?と思ってしまうのだがポアロはそこに隠された真相を探りだしてゆくのである。
単純な事件であり、ややこしいトリックがあるわけでもないのに過去に起きた事件の真相を探るという趣向が読者の興をつなぎ、意外な結末に導いてゆく。何気ない一言の意味を伏線回収する手際や、言動の解釈の違いを見抜く推理力が半端なく、人間心理を追求するポアロの真髄ここにあり!て感じ
先にも書いたが、事件が単純だからスッキリした佇まいで読者に余計な負荷をかけない。これは大事なポイントでいくらトリックが素晴らしくてどんでんが強烈でも、すべてを理解するのに時間がかかったり、込み入ってて理解しづらかったりしたらおもしろさ半減なのである。その点、本書は探偵自身がその場に居なかった上に過去の事件という解決への最大のリスクを解消するために、事件の構造がとてもクリアなのだ。関係者一同の証言のみで事件の核心に迫るポアロは、灰色の脳髄をフル回転する気配も見せずこれを解決するのである。また、幕切も悔恨のエフェクトが静かに場を閉じ、寂寥を感じさせこれ以外の終わり方はありえない。
「そして誰もいなくなった」以外の本でおもしろかったのが一冊もなかったので何十年も読まずにきたが、これは良かった。気が向けば他のも読んでみよう。
