読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

フローベール「ボヴァリー夫人 (上)」

ボヴァリー夫人 上 (岩波文庫 赤 538-1)

 

  若い頃なら古典の中でも、こんな不倫や恋愛を主眼においた本は見向きもしなかったのだが、五十も後半になって、なぜかこの本が気になって仕方なくなった。心境の変化というものは驚くべき化学反応をみせるものだ。

 当時の世相はいざ知らず、いったいこの物語のどういうところが風紀紊乱・宗教冒涜の罪に問われたのか自分の良識で判断したかったのである。尚且つ、後代に多大な影響を与えた写実主義小説の傑作という評価や、モームが世界の十大小説に挙げたという点にも興味を惹かれた。要するに気になっちゃったの!

 読んでみて驚いたのが、描写の細やかさ。訳が古いからどうにも勘が狂うが、それでもハッとする描写や、景色の流れに驚いた。とにかくボヴァリー夫人ことエンマが魅力的。奔放までとはいわないが、それでも当時のあたりまえであったろう慎み深さとか、奥ゆかしさにとらわれた保守的な女性像ではなく、外の世界に向けて羽ばたいていくような情熱と秘めた欲望が混在したなんとも魅力的な女性として描かれている。

 しかし、上巻では物語はそれほど動かない。退屈な日々、退屈な夫、良識と本能の狭間で揺れ動き、時には寝込んでしまうような確執を抱えたままエンマはたゆたってゆく。しかし、上巻が終わるころになってにわかにエンマの周りに誘惑の暗雲がたちこめてくる。

 雑多な登場人物、俗物の象徴たる薬剤師のオメー氏、太っ腹などんとこいのルフランソワのおかみさん。みんなから嫌われている小間物屋のルウルウなどなど、クセのある人には事欠かない。こういった主人公をとりまく人々が精彩を放ち物語に興をそえる。
   
 さて、ボヴァリー夫人はこれから沼にはまり込む。美しく、人目を引くエンマ。彼女の魅惑は彼女を滅ぼす。彼女の希望は彼女にはね返る。それは必然なのだろう。