読書の愉楽

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松本清張「失踪の果て」

失踪の果て: 本・コミック・雑誌 | カドスト | KADOKAWA公式オンラインショップ

  六編収録。ラインナップは以下のとおり。

 「失踪の果て」

 「額と歯」

 「やさしい地方」

 「繁昌するメス」

 「春田氏の講演」

 「速記録」

 表題作と続く「額と歯」は、犯罪とその捜査に重点を置いて描いているが、なんかちょっと性急な感じがした。描写が的確じゃないし、文章もこなれていないし、説明がくどく感じた。初期の作品みたいだが、ストーリー的には充分興味深く、謎とその解明のきっかけがおもしろいのでいつものように楽しく読めるはずなのに、そういう意味で少し引っかかった。清張さん、この頃仕事しすぎだったんじゃないの?

 「やさしい地方」も、ある男の犯罪が描かれ、うまくいったかに見えた隠蔽がちょっとした偶然で綻ぶさまが描かれる。もう、怖い怖い。知らないうちに犯人側に感情移入しちゃってる自分も怖いし、それがバレそうになるのがなおさら怖い。悪事は暴かれて裁かれるべきなのだが、それがあまりにも鬼畜な所業であってもきっかけが明らかになる部分では戦慄してしまう。そういった意味では次の「繁昌するメス」も同じ、こちらはまだ犯行理由を情的に理解できるから、なお始末が悪い。それをラストに集約させる幕切れが素晴らしい。

 「春田氏の講演」はなんの面白味もないタイトルだが、内容はスルスル読める面白さだ。評論家として大成した春田氏は事あるごとに講演の依頼を受け全国を飛び回っているのだが、ある時を境に若く美しい女性が彼のファンだといってそこかしこの講演会に顔をのぞかせるようになる。春田氏も悪い気はしない。相手は若く美しく知的でさえある。回を重ねるごとに彼らは親密になってゆく。
 で、ここでなんらかの種明かしがあるのだがそれは読んでのお楽しみ。うまい話には落とし穴なのであります。
 
 「速記録」は、代議士一年生の六十一歳、下渡久太郎氏の物語である。商工委員会での質疑を速記録として官報の号外に載ったものを自身の選挙区に配布すると、多大な宣伝効果につながり、人気が一段と高まる。だから、委員会での応答をぜひとも成功させたい。だがそこには政府と議員との間に仕組まれた筋書きが存在していて、どちらもウィンウィンな結果になるシナリオが存在したのである。委員会の質疑応答は成功したけれど、そこには…というお話。ダメじゃん、そんなところにそんな忘れ物しちゃあ!
 
 清張作品すべてに言える事なのかもしれないが、本当に彼はお見通しなのである。『すべておれは見とるぞ』のスタンスで話が進んでゆく。だから陥穽がいかに大きな口を開けているのかがよくわかる。ままならぬ人生において、その一点だけは暴かれてはいけないという急所が偶然やちょっとした綻びによって白日のもとに晒されてしまう。それは必然なのかもしれない。清張は、悪事には厳しい目を持っていて、それを絶対に許さない。必ず報復をもって制す。だから、読者はそれに溜飲を下げながら、我が身におきかえて慄くのである。ああ、無情。