
この光文社文庫の清張短編全集のシリーズって、巻末に本人の各作品に言及したあとがきと、写真と解説と、さまざまな作家たちの「清張と私」というエッセイが収録されていて、案外お得なシリーズなのである。各扉のイラストも朝倉摂だなんて、ほんと豪華!
さてさて、収録作は以下のとおり。
「殺意」
「白い闇」
「蓆(むしろ)」
「箱根心中」
「疵」
「通訳」
「柳生一族」
「笛壺」
「殺意」は既読。「白い闇」は冒頭一行目から夫が失踪。だから、その行方を追うのが眼目かと思いきやさにあらず、こういう展開おもしろい。ラストに向けてさまざまな思惑の鋭い描写が挟まり、読者はそれを手掛かりにああでもないこうでもないと推理する。登場人物たちは、それぞれ思うところがあって行動しているが、それが明らかになるラストで霧の浜名湖が白い闇に沈む。
「蓆」は時代物。お茶壷道中という、将軍家への献上品として壺に入れた茶を宇治から江戸へ運ぶ習わしがあったのだが、これが諸大名には禁忌というほど嫌われた存在で、なぜならば将軍家の威光を笠にきて威張り散らす茶道坊主たちにとことん手を焼いていたからなのだ。タイトルの蓆(むしろ)は、そのままの意味なのだが、これが二重に効いてくる。あの蓆とこの蓆。
「箱根心中」は、またまた現代物。これはタイトルからもわかるとおり道ならぬ恋に落ちた男女の情死行を描いているのだが、それが惚れたはれたの熱い熱いものではなくて、こういう事もあるのかもしれないという不可解の中に数ミリの理解をもたせたなんとも透明な作品。これはこれでアリだと思います。
「疵」もまた時代物。こちらには黒田如水の藩が出てくる。得体の知れない男が登場し、場面もどんどん変わって次へ次へと読ませる。いったいどういうめぐりあわせなのか?どう繙かれるのか?なんとも秘密めいた展開。
「通訳」は、九代将軍家重が描かれる。この吃音の暗愚な男と彼の唯一の理解者 大岡忠光の関係が描かれる。これって村木嵐「まいまいつぶろ」でちょっと前に話題になった題材だ。しかし、清張さんそこは一筋縄ではいきません。こちらでは感動にはならず、そうだったのか!という結末になってしまうのである。
「柳生一族」は、タイトルそのもの。よく知っているこういうテーマでも、読めば新しく知る部分があっておもしろい。それにしても十兵衛が梅毒で発狂して死んだとは知らなかった。風太郎は、どこかの川原で謎の死を遂げていたと書いていたよね?
「笛壺」は現代物。モデルがいるらしいが、このような落ちぶれた人生を描かせれば、清張の右に出るものなし。ままならぬ人生の浮沈は、その人を冷たく固定する。
既読一作のみだったのでなかなか充実した内容を堪能した。しかし、これだけの作品を書いている作家って他にないよね。すべてを網羅するのに各社の本で重複があるので、まだ記憶が追いついているけど、そのうちこれ読んだ?読んでない?ってなりそうで怖い。