読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

松本清張「疑惑」

新装版 疑惑 (文春文庫) (文春文庫 ま 1-133)

 「疑惑」と「不運な名前」の中編ニ作収録。「疑惑」も何度か映像化されているよね?若い頃は、そういう男と女のドロドロしたのや、二時間サスペンスドラマをあまり観なかったので、ホント清張原作の映像化作品はあまり知らないから、この歳になってどっぶりハマってこうやって新鮮な気持ちで接することかできるってことにとても感謝しております。

「疑惑」は一筋縄ではいかない強かな女性が年配の資産家を篭絡し、まんまと妻の座におさまり尚且つ三億の保険金をかけた直後に二人で車に乗っていて海に転落、泳げない老齢の夫だけが亡くなってしまうという事故が起きる。問題の争点は、これが計画殺人なのかどうか?という点。女性は、これ以前に傷害や詐欺で前科四犯ということもあり世間はそんなに甘くないよという風潮。いったい真相はどうなのか?というお話。

 これは話が明確だから、ストーリーの組立てが単純なのでスルスルとすごく読みやすい。弁護士がころころ変わるところに妙味があるなと思っていたら、ラストの唐突な閉じ方に戦慄する。いったいこの後どうなったのだろうか。

 「不運な名前」は北海道の月形町にある樺戸行刑資料館(現在の月形樺戸博物館)で繰り広げられるお話。熊坂長庵という人物(実在ですよ)が贋札事件の真犯人だとする通説を覆そうと三人の登場人物が推理してゆく。鴎外に関する話(「或る「小倉日記」伝」や「削除の復元」ね)でも驚くべき新説を披露した清張だが、この作品でも通説をひっくり返す大技を披露する。
 いったいこの人の頭の中はどうなっているのだろうか。歴史を語らせても超一流、物語を作っても(それがどんなにぎこちなくても、疑問点があったとしても)ねじ伏せて超一流にしてしまう。話の土台にしても強引にそういうシチュエーションを組み立ててしまう力技に感服。読んでいるときはストーリーを追う動悸が細かい部分の雑音を消してしまうけど、冷静に考えるとえらい偶然が重なったのねと思ってしまう。でもそれに気づいてもまったくこの作品に不満はない。なぜなら、もう全面的に清張マジックに囚われちゃってるから。

 とにかく、僕はこれを機に清張中・短編を味わいつくそうと思っている。まさしく、ハマっちゃったのね。