読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

西村賢太「瓦礫の死角」

 

瓦礫の死角 (講談社文庫)

 久しぶりに西村作品を読んだ。ここに収められているのは

 「瓦礫の死角」

 「病院裏に埋める」

 「四冊目の『根津権現裏』」

 「崩折れるにはまだ早い」


 の四編。最初の二編は若かりし頃の貫太の怠惰で醜悪な日常が描かれる。といっても、これが西村作品の持ち味であって、貫太が卑屈で怒りっぽくて、自分勝手ですべてを他人のせいにするなんの取り柄もない漢だというところがミソなんだけどね。
 そんな漢の謂わば腐臭漂うような日常を覗き見て何の得ることがあるのか?何がおもしろいのか?
 おもしろいんだなぁ、それが。
 この怠惰が懐かしく和むのだ。当事者としては、なかなかの修羅の道なのだが、そこから遠く離れた安全な境遇に胡座をかいている身としては、このどうにも救いようのない奈落を覗き込むような貫多の日常がエンターテイメントに映ってしまう。人間の嗜虐性をことさら刺激するあまり例をみない作風が時々読みたくなる要因なんだろうね。
 酷い事が起こる期待感。第三者としてそれを我が身を気にすることなく鑑賞できる楽しみ。くるぞ、くるぞと心の中で快哉を叫ぶ用意ができているのである。
 
 とことんまで堕ちてゆくこの喪失感。情けないとか、意気地がないとか、ガマンが足りないとか、そんなレベルをはるかに脱したところに位置する生き地獄。

 さて、基本、西村作品は私小説というジャンルで生成されている。自身の生い立ちを多少のアレンジはあれど、世間に晒しているわけだ。それが、これだけの成果となっているのだから素晴らしいことだよね。

 でも、本書に収録されているラストの作品はいままでの彼の私小説と少し趣が違う。読んで、ちょっと驚いちゃった。こんなのも書いちゃうんだ、賢太くん。なかなか達者だよね。やっぱり彼はおもしろいわ。もっと長生きしてもっともっと多くの作品を生み出して欲しかったよね。